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2009年05月31日

70S‘DISCO














DISCO・・・60S‘には、この言葉はなかったような気がする。
では、DISCO以前は、何と言われていたか?
俺が思うに、『GOGOクラブ』って、名前じゃなかったっけ?
違いますかね?
すいません、60S‘は、現役じゃなかったもので・・・・。



70年代中期、このDISCOが、いろんな町に存在し始めてから、当時の若者は、たぶん『シャイな気持ち』を、アルコールでごまかしながら、踊っていた。
たぶん、この国に、『ソウルミュージック』に合わせて、ダンスするという、遊び方は、血筋からして、馴れるまでには多少の時間がかかったことだろう。
踊りにDISCOに行く・・・この感覚が、当時のティーンを中心に完全に浸透したのには、わけがある。
一つの映画のロードショー・・・。
そう、『サタデーナイトフィーバー』である。


ジョントラボルタが演じる主人公の男は、土曜の夜のために、ウイークデイを生きていた。
たぶん、労働者階級だと思うけど、その仕事や、くだらねえ人間関係を、土曜の夜のために我慢した。
そして、土曜の夜、DISCOでの彼は、ヒーローだった。
夕暮れになると、シャワーを浴び、髪型をバリバリに決め、お気に入りのジャケ&パンツを着、キラキラに磨かれた靴に足を入れる。
一夜限りではあるけれど、彼はスターダムにのし上がった気分になる。
いや・・・確かに、そのDISCOでは、まぎれもないスターだった。
1週間に一夜だけの希望・・・・サタデーナイトフィーバー・・・・。
そんな映画でした。


ずいぶん前ですが、俺もまあまあ行きました。
具体的に名前をあげるならば、名古屋栄錦の『ペントハウスパート2』・・・通称ペン2。
あと、『最後の20セント』・・・名前がいいでしょ?
って店が、多かったかな?
最初、名古屋のヤンキー諸君に連れて行ってもらったのよ。
店に入る時、『入店チェック』ってのがあってさ、店の雰囲気にそぐわない奴は、入れてもらえなかった!
「なんで?はいれね~んだよ!」などと噛み付くと、奥から『本物のあっちの方』が出てきて、「おもしれ~こと、いうじゃね~かよ、にいちゃん・・・」ってなるから、NGならば『次いこーぜ・・』ってのが鉄則。
早い話が、あまりにも『やんちゃ』な風貌だとNG。
名誉のために、言っておきますが、俺はNGを受けたことはない。
ただ・・・一緒に行った、名古屋ヤンキーの誰かは、70%の確率で引っかかってた。
店を変えてもNGの場合は、しかったねえから、入れる奴で入店し、入れなかった奴は、シャコタン車で街並みをドライブしていたと思う。




店内は、すっごく広く、DISCOサウンドが鳴り響き、フリーフード&フリードリンク・・・これはうれしかった!だって、とりあえず腹は一杯になるしね。
フロアーでは音と照明と人の渦。
手が女の子の胸に当たっても、そんなのどーってことねえって感じ。
野郎同士だとちょっと大変。
肩が当たったのなんのって、『メンチのきりあい』
そして、ボックスが、ダンススパースを囲んでいる。
その場所は、若干音のボリュームが落ちるため、『ナンパ』は可能。
みんなナンパの際は『耳元』で、話し合ってた。
「ねえ、いくつ?」
「・・17・・・」
「高校生?」
「・・・中退・・・」
「何人で来てるの?」
「3人・・」
「ここ出たら、デニーズでも行かない?」
「・・・これって、ナンパ?・・・」
「・・・世間ではそう言う・・・」

いやいや・・・・そんな言い方じゃない・・・もう一度・・・・。

「ここ出たら、デニーズでも行かない?」
「じゃ、友達に聞いてくる・・」
「ヨロシク・・・」

うん、こんな感じだろう・・・うんうん・・・・。





「アバ」「アラベスク」・・・など、当時のお決まりのDISCOサウンドは店内に響き、そしてバラードが流れる。
「チークタイム」ってのが、あったんすよ。
もう、目があっちゃえば、手をひっぱちゃう。
店内は暗いから、好みとかそうじゃないとか関係ない。
雰囲気?フィーリング?シンパシー?テレパシー?・・・。
まあ、いいや・・・。
強固な意志の奴は、ヒップに手を回したり、耳たぶをなめたりしている。
けど、俺は・・・飛騨の田舎もんの関係上・・・とてもとても・・・でした。
が・・・下半身がガツンっときちまってさ・・・泳ぎ腰になりました。
若かったね~・・・。



何はともあれ、DISCOは、そんな場所でした。



少し前の、TV、BSかな?昔踊ってた女性の方々が、今再びDISCONIGHTで踊っている、という番組を見て、時の流れと、その時代の良さ、みたいなものを感じてしまいました。



そして、ふと、『70S‘DISCONIGHT』、 PROJECT of PASSPORT 企画で、できね~かな?なんて考えたりしてね。
クラブじゃなくて、 DISCOね。
トランスやヒップホップじゃなくて、『ビージーズ』ね。


この企画に賛同してくれる、昔いけてた、お父さんお母さん、ご連絡お待ちしています。


その夜、DISCO終了時には、何組かの『不倫カップル』が、成立することを願って・・・。


土曜の夜と言えば、DISCO・・・70年代から、80年代にかけて、DISCOは存在した。


DISCOでは、ライブハウスと違って、誰もがヒーローだったような気がしてならないな。












BYナリハラ






  
Posted by PSPスタッフ at 05:17Comments(4)

2009年05月28日

本気



“MADE IN HEAVEN”

06/21(sun)
OPEN 19:30   START 20:00
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《act》
Et;lanse
JELLY POT
  
Posted by PSPスタッフ at 19:18Comments(0)EVENT

2009年05月28日

華麗なるアウトロー達よ ~太陽を盗んだ男~




日本映画の隠れた名作と言っていい「太陽を盗んだ男」を、ご紹介します。
1979年頃の作品。
主演、沢田研二(ジュリー)、菅原文太



主演の沢田研二が演じる、高校の理科教師は、まぎれもないアウトローであり、イカれた感性を持ち、暗闇で微笑み、いつも「けだるさ」だ漂っている・・・ような奴。
もちろん、教師という仕事は、とりあえずはこなし、暴言、暴力などは、まったくない。
しかし、意識、思考、頭脳、は、イカれっちまってる



「理系大学卒業レベルならば、原子爆弾が作れる」という、ポリシーのもと、たった一人で原子爆弾を作ってしまった
この、原爆を作る過程が非常におもしろい。
大きな紙に、作業工程を書き、工程終了とともに、抹消してゆく。
まあ、もちろん、映画の中の話ではあるけれど、警官の拳銃を奪い、警戒厳重な施設から『プルトニュウム』を、強奪する。
町の、金物屋で、部品を買い、部屋の中に、原爆製造施設を作り上げる。





そして、日本政府を相手に脅迫を始める。
「言うことを聞かなければ、東京のど真ん中で、爆発させたっていいんだぜ・・」と。



その、脅迫内容が、すごくおもしろい!
「今放送している、TV中継の野球放送を、最後まで見せろ」・・・当時、9時には、試合途中でも野球放送は終了していた。
「ローリングストーンズの武道館ライブを一ヶ月以内に実現しろ」
・・・当時、まだ、ストーンズは、来日していなく、ドラックの関係で、不可能とさえ言われていた。



こんな、脅迫内容に、政府や警視庁の、偉い方々が、右往左往・・。



すごくファンタジーであり、映画見てるほうも、『犯人寄り』になってしまう。



「俺だったら、何を要求しようかな?・・」なんて、考えてしまうね。
「俺の要求を、日本政府が聞くならば、何を要求しようかな?」みたいなね。






犯人を、追い詰める刑事に、菅原文太。
彼も、男っすよ!
しかし、どうしても、心は、犯人寄りになってしまう。


音楽は、すべて、井上たかゆき(知ってる?)。
テーマからして、ピアノの1フレーズでシンプルなんだけど、クールにまとめられています。


もし、機会があったら、現実逃避してみてはいかがでしょうか?
レンタルは、たぶんありますよ。



この頃って、角川映画なんかもすごく元気で、例えば「戦国自衛隊」もそうだけど、絶対ありえない話を、無理矢理映像化している感じであり、それがすごくおもしろかった。




この太陽を盗んだ男という映画、テーマがテーマだけに、日本という国の理念とか風紀にそぐわず、「封印」もしくは「抹消」された感がある。
しかし、『娯楽』としてとらえた場合、大変すばらしくおもしろい物語であったと俺は思うけどな。





思い出話なんですが、この映画は、高山安川通りにあった映画館「京極大映」で、見たんだけど、高校ん時のバンドメンバーで、夜見に行ったのね。
そしたら客が俺たち3人だったんで、映画が始まる前、ステージに上がって「ロッドスチュアートのマネ・・」とか、言って、誰もいない客席に向かって、「カモ~ン」とか、叫んでましたよ。
よく叱られなかったな?
いい時代だったのかな?






BYナリハラ

  
Posted by PSPスタッフ at 11:55Comments(0)

2009年05月26日

coffee please



coffeeを、好きな奥さんは、SEXが好きだから、高い確率でSEXが出来る・・」などと、言っていたダチがいるけど、ほんとかよ?おい・・・。
「coffeeが、好きってことは、昼間、一人でも飲むだろ?つまりは時間がある。欲を言えば、誰かと、一緒にcoffeeを飲みたい。しかし、旦那さんは仕事。だから、こう誘うんだよ。ねえ、こんどcoffeeでも飲みませんか?ってな・・・」
・・・・なるほど・・・・そうか・・・こいつ、あほや!・・・。


まあ、上記の話は、馬鹿げた話だけど、みんなcoffee好きでしょ?俺も、好きです。
毎日、缶coffeeも入れると・・・・5杯は飲むかな。
朝と午後、仕事のやりながら、自分で入れ、喫茶店で飲み、車のお供に缶coffee、夜もバンド練習の途中で・・・・。
よく飲むよな。
うまいの?
やっぱ、うまいんだろうな。
ってか、うまいと感じる瞬間と、まずいと感じる瞬間がある。
これは、ビールにも言えることだけど、うまいとまずい、両方感じる。



基本的には、すきっ腹のブラックコーヒーはGOOD。胃には悪いだろうけど、GOOD.
空腹感も、なくなるような気がする。
なぜだろうか?




その昔、1970年頃。
気の利いた親戚のおばちゃんが、インスタントコーヒー『ネスカフェ』と、クリープを我が家にくれた。
それまでの我が家は、coffeeという文化はなく、『お茶』『麦茶』もしくは『水』だった。
それが、『ネスカフェ』が来たもんだから、さあたいへん。
土曜の夜になると、「coffee飲むぞ」ってなり、母親が、よくわかってないとは思うけど、適当に作って、みんなで飲んだ。
俺は、子供だったため、砂糖を4杯くらい入れて、甘くして甘くして飲む。
これがまた、うまいんだ。
砂糖なんて、角砂糖でさえなかったから、台所で使う「普通の砂糖」だったよ。
そしてその後は、「眠れない・・・」
カフェインのせいか?
子供だからか?
眠れない・・・・夜。



と、そんな思い出があります。



暖かいのが美味しいなと思えるのは、秋でしょう。
夏の「アイスcoffee」はごちそうです。


たいして、銘柄とか豆の種類?とかにも、こだわりはないけど、coffeeいいすね。


類似品でいうと、『コーヒー牛乳』・・・銭湯あがりにこの1杯。
腰に手を当てて飲むのがお決まりのポーズ。
やっぱ、ビンじゃなくちゃね。


Hな方向でいくならば・・・二人で飲む、朝焼けのモーニングcoffeeっでとこか。
シチュエーションとしては、二人で、毛布に包まって、薄暗くなった窓なんかを見つめながらね・・。
いいっすね・・・青春やね・・・。
飲み終わりで、もう一試合とか?
キスの味に、coffeeがまざったりね・・・。
いいっすね・・・・青春やな・・・・。


まあ、いいや。


とにかく、テーマはcoffee。


これについて、まとめてみました。


二人の距離が、射程距離に入ったと思わせる飲み物・・・coffee。



この距離が、さらに近くなれば、「お酒」になる。


程よい距離感を保つ飲み物coffee。


Coffee文化に幸あれ!







BYナリハラ  
Posted by PSPスタッフ at 17:30Comments(3)

2009年05月23日

バンド営業・・・ごちそうさます・・・。


やらしい話・・・やな・・・。
たまに、ありませんか?みなさん?
ようするに、バンド営業
ギャラ有り・・・ての。
例えば、とある企業のパーティーがあるので、30分ほどバンドやってくれませんか?
ギャラは、一人○万円です・・・みたいな。
マジっすか?お金なんていいのに・・・(なんて心にもないことを)・・・しかし、俺はいらないんですけど、メンバーが貧乏な奴ばっかで、すいません、いいんですか?ごちそうさまです・・・・いや、俺はいらないんですけどね・・・」みたいな、交渉成立。
こんな、バンド営業が、年1回くらい舞い込むわけですよ。



ちなみに、6月に『ビートルーズ』に、とあるお医者様関係からオファ頂きまして、バンド営業やりまっせ。
飲食付ですか?
マジっすか?
さすが、メディカル!



今までも、いろんなバンドで営業をやった。



思い出に残るいくつかを、ご参考のために紹介します。




とある飲み屋のパーティーにて・・・
1989年ごろだったかな?
当時組んでいたバンドで、やったんだけど、お客さんが『ガラの悪い』奴も多かった。
MCで「なんか、今夜はヤンキーばっかですね・・」などと、発言したため、そのパーティー終わって、朝日町歩いてたら、そのヤンキー諸君に囲まれ「なんや、おめ~、さっきの言い方は・・」と、言われ殴られましたよ。
苦い思い出です。




本町夏祭りの路上・・・
8月1日の歩行者天国は、気持ちよかったし、おいしかった。
俺たちがいつも出てたのは、2丁目の路上。
2丁目の商店街の皆さん、ご馳走様でした。
経費に余裕ができましたら、いつでもお声をかけてくださいませ。




奥穂高スキー場、スキーギャルコンテスト1988の営業・・・。
その、タイトルに「やるやる・・」と、二つ返事はしたものの、見事に裏にはまった営業。
スキー場での、バンドは無理・・・。




野菜出荷業界のパーティー・
・・
2006年、ひだホテル。
まいちゃったよ、だって、いざやりだしたら、参加者から「やめてくれ」って言われてさ、「うるさいから、会話ができない」だってさ。
でも、主催者からは、「やってください」だろ。
MCの人も、無理やり盛り上げようとしてるんだけど、それがまた「ダサい」んだ。
ほんと、まいちゃったよ・・・。




パスカル清見、真冬の野外・・・。
1998年頃?かな。
よく覚えてないけど、マイナス10度だったよ。
ギターとか、握ると、指が痛いんだよ、マジで・・・。
人は多少はいたかな。
MCもやけっぱちで「え~、清見と言えば、わしみりゅうじ君ですが、彼は無類の巨乳好きで・・・」とか言ったら、受けてたよ。
やっぱ、小さい町だと、みんな知り合いなのかな?と思ったりね・・・。



まだまだ、わけのわかんない、営業ステージはたくさんあるけど、まあ、このへんで・・・・。



いや~、俺は、お金なんて、いらないんですけどね、なんせメンバーが、それじゃ納得しないんで・・・・すいませんね~・・・・いいんですか、こんなに・・・・メンバーも喜びます・・・・ほんと、貧乏な奴ばかりで・・・。



こおゆう、交渉をしながら、営業を取るのが、俺の手です・・・・。








BYナリハラ



  
Posted by PSPスタッフ at 13:43Comments(4)