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2008年02月29日

チェッカーズはえらい!と思う訳


1982年だったかな?彼らはメジャーデビューを果たす。
彼らの名はチェッカーズ
まあ、どうこう言わなくても、ほとんどの人が(いや、みんなが)、知ってるよな?
メンバーは、フミヤ(Vo)、高杢(CHO)、マサハル(CHO)、ナオユキ(SAX)、トオル(G)、大土井?(B)、くろべえ(D)
の7名。間違ってたらごめん。俺も何の資料もなく、記憶のままに書いているもので・・・。


ファーストシングル「ギザギザハートの子守唄」はセールス的にはそこそこ。
セカンドシングル「涙のリクエスト」で、ドッカーン!と大ブレイク。
後は解散するまでメジャー街道まっしぐらって感じ。
確かにバンドなんだけど、バンドってゆうよりも、もっとなんか時代をリードするって言うか、来春から流行るモードをいち早く着て発信するって言うか、う~んうまく言えないな~、明らかに少年隊とは違うポジションなんだけど、ボウィとも同じグループではないみたいな・・・。
そう、アイドルとロックバンドの中間に位置していた。
どっちとも仲良くうまくやる。
俺が今思い返してみて、まとめるならば、そうゆう事です。


で、この話は今までに3~4人には話しただろう、俺なりのチェッカーズ論「チェッカーズがえらいと思うわけ」です。


彼らは北九州の久留米の出身。当時の北九州と言えば、ロックバンドの宝庫だった。
鮎川誠のシーナ&ロッケット、ザモッズ、ARB, 陣内さんのロッカーズもいた。
まさに「日本のリバプール」。(ちなみにリバプールとはイギリスのビートルズの産まれた町)
イメージとして、北九州のバンドは「我を通す」「ポリシーを曲げない」「媚を売らない」などの感じがビンビンに伝わり、早い話がスゲーカッコよかった。


久留米という町は規模で言うと、う~んそうだな、岐阜県ならば大垣?レベルかな。
とにかくそんな町でチェッカーズはバンドを組み、久留米の若者達から絶大なる支持を受けた。
そしてヤマハのコンテストで、音楽事務所の目に止まり、メジャー行きのチケットを手に入れた。


チェッカーズを支持した久留米の若者は、俗に言うところの不良達であり、チェッカーズのメンバーも不良達であり、気が向いた土曜の夜には車やバイクで仲間と走り、時には乱交パーティーに顔をを出しという、お決まりのダーティロードを謳歌していたに違いない。
きっと、クールスが暴走族に支持されたように、チェッカーズも久留米の不良達に支持されたんだろう。


そんな彼らがデビューして着せられた衣装が上の画像だ。
ヘアスタイルも、ザンバラ風にカットされ、つまりは作り上げられた。
「チェッカーズというバンドを、こうゆうスタイルで、こうゆう曲を歌わせ、こうゆう戦略で売ろう」と、営業会議もしくはスタッフミーティングとゆう名のもとに、彼らの方向は決められた、いや決め付けられた。


はっきり言って、売れたから良かったものの、売れなかったらスゲー恥ずかしいファッションだと思う。
きっと、久留米のマブダチも「なんじゃこりゃ!パジャマか!」と叫んだに違いない。
フミヤはまだいいよ、アイドル顔だし、でも高杢はどうしようもないな。高杢はいい男だと思うけど、彼にあのカッコはNGだと思うよ。


彼らもこんな会話をしたんじゃないかな?
「おいおい、マジでこれ着るのかよ・・」
「こんなんじゃ、恥ずかしくて、田舎帰れんとよ(九州弁)」
「俺ら革ジャンに、リーゼントじゃけん、これは無理とね・・」


しかし彼らは従った。


俺がえらいと思うのは、彼らが事務所の方針に従い、本意ではカッコをさせられながらも、成功者になった事。
ポリシーをつらぬくばかりが道ではないと言うことをチェッカーズは教えてくれた。(それほど言い切るほどの問題でもないが・・)


ほらね、この頃になると、自分たちのポリシーのままに、音楽もファッションもばっちりきまってると思う。

俺は、フミヤ、高杢と同じ1962年生まれだから、なんかね、「こうじゃねーなか」って気がして、この話何人かにしました。
今、高杢が暴露本とか出して関係が悪いようだけどさあ、バンドなんていろいろあって当然だよ。仲直りして、もう一回、チェッカーズやんないかな?今の方が絶対かっこいいと思うけどな。ちょいと枯れた中年のチェッカーズなんてさ・・・。

NEXTLIVE



BYナリハラ



  
Posted by PSPスタッフ at 06:21Comments(3)TrackBack(0)

2008年02月27日

ロス疑惑再び、三浦和義容疑者について


この画像は20何年か前事件があったロスの風景です。

もう25年くらい前になるのかな?もっとかな?
ロスアンゼルス滞在中に、三浦和義氏の奥さんが何者かに銃で撃たれ死亡。
三浦氏も足を撃たれ怪我を負った。
事件当初、三浦氏は完璧な被害者だったし、世論の同情もかっていた。
しかし、数年後週刊誌(週間文集だったかな?)が、「疑惑の銃弾」なる特集を組み、それを機に三浦氏は世論マスコミメディアを完全に敵に回すことになる。
やがて逮捕、誰もが「やっぱり」と思ったに違いない。
しかし近年、最高裁で無罪判決。
なんでも、証拠不十分によるものらしい。
「嘘だろ?」と俺は思ったけど、日本の最高機関が多くの税金を使って出した結論なんだから、納得せざるおえない。
「彼は無実だった」と。

ところがアメリカ警察が三浦氏をサイパンで逮捕、とゆうニュースを聞き俺は混乱した。
なんでも、「逮捕するべき重要な証拠が存在する」らしい。

「いったいどっち?」

人が亡くなっている事件だから、面白がる気はないけど、難しいことはわからないけど・・。

「いったいどっちなんだい?」

当時(25年前くらい)から、マスコミは三浦容疑者を追いかけ、過去を調べ、女性関係をあらった。
はっきりいって、人格もクソもないやりかただったと思うけど、それは彼が黒という大前提があっての事。

しかし俺が思うに三浦和義容疑者はそんな状況を半分楽しんでいたように思う。
彼は非常にタフで饒舌(じょうぜつ)だった。
レポーターからの様々な質問を、彼なりの理論で論破していたように見えた。

彼はマスメディアを逆利用し、再婚した奥さんの新規オープンのお店(カフェバーだった気がする)の宣伝に利用し、内田裕也の映画(コミック雑誌なんかいらない?だったかな)に出演。
逮捕された時、ペイズリー柄のシャツにブルージーンズ、サングラスとゆういでたちで、連行されていったけど、これも想像だが彼は逮捕されることをわかって、メディアがたくさん来るのがわかって、着る服を選んだのだろう。
自分の立場を利用して、自分を演出する。

俺は当時、不謹慎かもしれないが、引かれていたのかもしれない。

やがてJリーグが発足し、三浦和義の名前は、サッカーのカズこと三浦和義が代名詞となり、様々な事件や出来事の中で忘れ去られていった・・。

「いったいどっちなんだい?」「いったいどっちなんだい?」「いったいどっちなんだい?」

PS・・・おもしろくなくてごめんなさい。でも書きたかったんだ。非常にデリケートな問題なんで、三浦容疑者の画像添付もやめました。次はおもしろいことを書きます。


NEXTLIVE

BYナリハラ




  
Posted by PSPスタッフ at 11:27Comments(5)TrackBack(0)

2008年02月25日

親愛なるミスターアウトロー達よ!


いやー、なんつーかさ、アウトロー的生き方に憧れてましてね~、でも結局は、この慌しく窮屈でしかも不条理で弱肉強食の人間社会って奴に、まぎれて生きているわけですよね~。
なんだろうな?この感覚?
やたら世間体を気にするこの感覚?
あなたのご職業は?と聞かれ、まともな職業名を言えた時に、ホッとするこの感覚・・。
お父さんは元気?聞かれ「はい、父は78になりましたが、極めて元気で・・・」と、優等生的に答えてしまうこの感覚・・。
本当は、質問者によっては「ゥルセナ~!」と言いたいのに言えずに、しまいには愛想笑いまでするこの感覚・・。

やっぱ、アウトローには向いてねーよな・・。
だから彼らに自分が出来なかった夢みたいなものを託して、DVDとか映画とかドラマを見ている時に、引き込まれちまうのかな?

俺思うんだけどさあ、全然知らない野郎と話して仲良くなろうとしたら、話すテーマは「女」「喧嘩(格闘技系も含む)」「アウトロー的出来事」の3つのうち1つはヒットするだろうと思うけどなあ。

誰だって相手の「俺ってこんなにお金持ちで、銀座でもてまくって、春には新車BMW1000万よろしく!」なんて話より、「3年前にどっかの奥さんと寝てたら、旦那が帰ってきて、裸で逃げちまったぜ・・」って話の方が、聞く耳持つと思うけど・・。
ちなみに、前者みたいな奴俺の回りにも確実にいるよ
機会があれば、法が許せば、訴えられないのなら、一発殴りたい奴・・。
馬鹿じゃねえ!おめー」みたいな奴。
でも無理だな~。
やっぱ、アウトローには向いてねーよな・・。



ということで、「傷だらけの天使」を推薦します。
主演:萩原健一(ショーケン)、水谷豊。

初回放送は昭和48年頃?
「おさむ」こと萩原健一と「あきら」こと水谷豊が、なんとなくやばい組織の女ボスから、毎回やばい仕事の依頼を受け、ユーモアーたっぷりに解決するためにどたばたするみたいなストーリーです。

放送の中で、おっぱいは出るし、ベットーシーンもあるし、ストリップシーンもあったりして、我が家の食卓はもちろん緊迫しましたよ。親父は新聞読み出すし、お袋はトイレ行くしで・・。俺小学校5年か6年だったからね。

注目すべきはオープニング。テーマが流れ、萩原健一の朝食シーン。
いきなり起き出し、睡眠用目隠しをとり、冷蔵庫からトマト、牛乳、コーンビーフなどを無造作に取り出し、置きっぱなしの新聞をエプロン代わりにして、不機嫌そうに食べる・・・、ただただ食べる。
この物まね、やった人結構いるんじゃないの?

萩原健一は常に、「BIGI」のシャツ、ジャケットを着ていた。
いまだに「BIGI」というメーカーは、根強い人気を誇っており、俺もたまに名古屋パルコの西館5Fの「BIGI」に行ったりします。

水谷豊は、革ジャン、ジーンズ、ポマードべっとりのバックスタイルで、背中を丸めて寒々しく「あにき~」と、萩原健一を呼んでます。

今レンタルあるのかな?
もし機会があれば、見てみてはいかがでしょうか?         BYナリハラ


NEXTLIVE





  
Posted by PSPスタッフ at 14:59Comments(5)TrackBack(0)

2008年02月25日

3月の予定

3月の予定です♪

1日(土)
“JUNK PERFORMANCE vol.2”
open 19:30~ start 20:00~
adv 1000yen door 1400yen

《出演BAND》
○Bitch mam
○THREE☆PEACE
○CLEAR WATER


******************************

8日(土)
“UNPLUGGED vol.2”
open 19:30~ start 20:00~
in 1000yen with 1drink

《出演者》
○にっちもさっちも
○開店休業
○石と岩
○黒木厳
○Coffee-milk Crazy


******************************

15日(土)
“JUNK PERFORMANCE vol.3”
open 19:30~ start 20:00~
adv 1000yen door 1400yen 1drink

《出演BAND》
○SPREAD GERM
○SUPER NOVA
○エレキ一発


******************************

22日(土)
“GUN for BULLY”
open 19:30~ start 20:00~
adv 1000yen door 1400yen

《出演BAND》
○The Zambo
○陰陽師Ⅱ
○サイレンジャー


******************************

29日(土)
“我為事我知”
open 19:30~ start 20:00~
adv 1000yen door 1400yen

《出演BAND》
○the locals
○パクリSP
○ばっかい


******************************

成原さんと僕が身を削ってます…
僕はこれで少しお休み お店に専念
  
Posted by PSPスタッフ at 13:46Comments(0)TrackBack(0)予定

2008年02月24日

JUNK PERFORMANCE VOL1終了!



カリアゲ★ハンサム★ボーイ
ボーカルのミルマスカラス!ステージ途中で覆面を取る!素顔の画像は許可が降りずナシです。あしからず。




Cruisin'
R&Rナンバーを中心に、パラフルなステージを。ドラムの彼は長田君と言って、クミアイ病院勤務です。いいのかな?こんな事書いて・・。まあ、いいか。気にしない気にしない。





ザ、ドルフィンズ
ギターの田村さんのプレイにはいつも驚かされる。今回は2曲だけ奥様もボーカルで登場。きっとその夜はベットでもすばらしいプレイをしただろう。




みなさんたいへんな雪の中、吹雪の中、たくさんお越しくださいましてありがとうございました。

外はすごく寒い夜でしたが、店内はいつも通りHOTな夜でした。
いろいろ書こうと思ったのですが、俺も眠くなったんで、しょんべんして寝ます。
GOOD NIGHT・・・。ナリハラ



  
Posted by PSPスタッフ at 01:57Comments(2)TrackBack(0)

2008年02月21日

久しぶりのバンド練習


ちなみにブルーススプリングスティーンのBORN TO RUN
このジャケが好きで、仕事場に飾ってあります。

2008年2月20日、今年初めてのバンド練習をした。
2007年の秋から暮れにかけて、いろんなバンドや集団(ビートルーズ、エレキ一発、ベトナムズ、ショルダートゥショルダー)で、ライブイベントがあって、そうそうおまけにこの企画「プロジェクトオブパスポート」も同時進行で、まさにピンクレディー並みの(古いか?)忙しさだったんだ。

どうも、いろんな所で、いい顔をするらしく、不機嫌な時でも機嫌よく振る舞い、嫌なやつを褒め、本当は帰りたいのに「まだまだこれからですよ夜は!」といい・・・、一体俺は・・。

沢尻エリカが羨ましいね。
「この映画に賭ける思いを」とか聞かれ「別に・・・」と答える彼女にある意味感服するよ。
ただ一つ言いたいのはさあ、その性格を貫いてほしいということ。
これから結婚、出産、お葬式、事業の成功や失敗なんかで、メディヤに露出すると思うけど、すべて「別に・・」で、通してほしいな。
へんに、「あの頃は若かったで~す」なんて、良い子ぶらずにさあ、性格の悪いまま突っ走ることが出来れば、彼女こそ真のロッカーだぜ!
まあ、嫌いだけどな俺。





で、そうそうバンド練習したんだよ。
ちなみにエレキ一発ってバンドの。
3月15日にライブがあるんで、それに向けての初回。

やる曲を聴いて、軽く口ずさんで、「まあ、大丈夫でしょ・・」なんて向かったけど、見事に喉つぶしましたね。
いきなりロックをライブ風に歌うのって、負担が大きいのでしょうね。
じゃ、カラオケ風に軽く歌えば・・、って思うけれどさ、これが又、エレキが鳴って、ベースがグイーン!とくると、じっとしてられない。
声を張り上げる。
シャウトする。
なぜかマラソンみたいに歌う。
汗をかく。
タバコがうまい!
ビールうま~い!
結果、声を潰す。

次の日の朝はまさに「森進一」、そして奥さんは「森昌子」あっ、別れたか?
別れても奥さんは「森昌子」
みょうじが一緒ということの利点なのか?それとも欠点なのか?
そのことについて沢尻さんに聞いてみよう!
「いかがですか?」
別に・・

君はキースリチャードの次に偉大なロッカーだ!

NEXT LIVE


  
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2008年02月19日

スモーキンブギ


1978年12月、H君と有楽座という映画館で「グリース(*注1)」を見て、そのまま桐生町にあるH君の家へ行った。
俺達は、寝ころがり、ミュージックライフやGORO、ハイティーンブギ(*2)を読みながら、チープトリック、ビリージョエル、ジャパン、ロッドスチュアート、(う~んそうだな、ポリスなんかもあったかもしれない)のレコードを聴いていた。

そう、ロッドスチュアートなら「アイムセクシー
ビリージョエルなら「ストレンジャー」と、いった時代だ。

ちなみに、松田聖子のデビュー前、サザンオールスターズが「勝手にシンドバット」でデビューした年だ。

H君の家は裕福であり、部屋も12畳はあるだろう、しかもフローリング、たんすじゃなくて壁収納、オーディオばりばり・・。

しだいに夜になり、いろんな高校の奴らが集まって来た。あえて名前は出さないが、全校居たんじゃないかな?
10名~15名といったところかな・・。

そしてお決まりのようにスモーキンタイムだ。青い煙が照明に揺れて消える。それとリンクするように「ストレンジャー」の口笛のイントロが・・・。
そして顔なじみのM君が俺に声をかけた
「よお、お前もショッポ(ショートホープ)吸うか?」
俺が優柔不断な態度を取ったのを見て数人が笑う。
「なんだ、まだやってねーのか、ハハハ・・」みたいに。
俺は意を決して1本とる。
M君は100円ライターでひを点ける。
俺は煙を肺まで入れずに吐き出す。
「なんだよ、キンギョ(*注3)かよ、ハハハ・・」また笑い声。
俺は肺まで入れる・・2回、3回・・。
俺はクラッと来る。
またまた笑い声。
俺はクラッときながら、青い煙を見つめる。
そしてM君に言った。
「青春やな・・」と。

注1:ジョントラボルタ&オリビアニュートンジョン主演による、ハイスクール設定のミュージカル風映画。
注2:藤丸翔という少年が、暴走族からロックバンドでメジャーになるまでを描いたコミック。
  この本をバイブルにしている奴は多かったと思うよ。
注3:タバコを吸う時、煙を肺に入れず、口だけでふかす様。今でも言うのかな?

PS・・・この時、俺のスモーキン処女を奪ったM君は、「チャロル」というバンドでドラムたたいてます。
チャロルはパスポートライブ出演交渉中です。
機会があればM君に聞いてみたいね「あの夜のことは、もちろん覚えているだろうね?」と。


NEXTLIVE

BYナリハラ



  
Posted by PSPスタッフ at 10:32Comments(5)TrackBack(0)

2008年02月18日

Biteh mam&ばっかいの夜

Biteh mam



女の子ツインボーカルにベースも女の子。ギターとドラムが野郎どもという構成のBiteh mam。
終始一貫してハネまくりでしたよ。うらやましいくらいに跳ねてました。
ガソリンが高いのを忘れてしまうくらいに跳ねてました。


ばっかい



以前にも紹介したばっかいの3人。
ポリスもブランキージェットシティーも、はたまたコント赤信号も3人だった。
パンクトライアングルはこの夜も健在でした。

みんな、よう酒のんだね~。
いい事だよ。はじけて酒飲んで、あと、一体何を望むんだい?
  
Posted by PSPスタッフ at 10:13Comments(4)TrackBack(0)

2008年02月13日

「ばっかい」というバンドについて

NEXTLIVE「はっかい&Biteh mam」2月16日(土)
みなさん、お越しくださいませ!

なつかしいね~、クラッシュ、俺中学のときだったかな?
ギター壊さんでもいいのになあ、もったいない、サンタの倉庫に売れば金になるのにね・・・。

「ばっかい」というバンドについて書きます。
なぜか?書きたいからです。
音楽的な話じゃなく、各メンバーとのかかわりについて・・・。
非常に興味深い3人が集まったPUNKBANDだと思うよ。
この3人でよかったと思うよ。まじで。
なぜか?
ブログを書くネタが豊富にあるからです・・。
なぜか?
まあまあ・・・。



ギターボーカルのなお君
彼に出会ったのは、2005年の事だった。俺は「STRAWBERRY FIELDS」とゆうライブハウスをやってた。
実にオープンから7ヶ月で追い出されるはめになり、そこはまさに戦場だった。(いろんな意味で)
STRAWBERRY FIELDSについては、いつか書きたいと思います。
彼はSTAFFとして、音響やらなんやらをやってくれていた。
もしそこが本当の戦場だったら、俺達はこんな話をしただろう。
俺:「悪いけどさあ、俺と一緒に敵に突っ込んでくれる?悪いけどけど・・・」
なお君:「いいすよ、敵ですね・・・」
敵に突っ込んで、機関銃でハチノスになって死ぬみたいな。
俺は思ったよ。本当の信頼とは遊園地じゃなく戦場で培われるものだと。
やがて2008年「プロジェクトオブパスポート」で、彼と組むわけですが、人生というのはおもしろいねえ。
ここが、戦場ではなく、ハワイみたいな場所だといいんだけれど・・・。


ベースのやまちゃん
彼はサッカー日本代表を応援するという、ライフスタイルを貫いている。
俺もそうなんで、今までに声掛け合って、ピッキンとかBUDS(石浦にあった)で、酒飲んでスクリーン見てよくやったね。
2002年日韓ワールドカップ日本×ロシアの時、彼は場所を借り切って、チケットまで作って、なぜか日本代表のために、その瞬間の人生をかけた。チケットには「ロシア撃沈!」とサブタイトルまで書かれていた。
そこまでやるかやまちゃん、すげーよすげー。
みごと1-0で勝ち、そのイベントは大成功だったけど、負けたらどうするの?やまちゃん。
その後、我々のサッカー観戦は続き、2006年ドイツワールドカップ
日本×ブラジルの後はきつかった。
朝日が輝き、「しかたないね~」とか話し、「では4年後」と言って、少しだけ笑った彼を今だに忘れることはできない。
やまちゃんの後姿を朝日が照らしていたのは言うまでもない・・・。



ドラムのりょう
ハードコアバンドのドラマーだったんですよ彼。バンド名は言いませんが・・。
やはり出会いは2005年のSTRAWBERRY FIELDSだった。
俺は勝手に「りょうは、そおゆう奴」という、目で見ていた。
そおゆう奴とはどおゆう奴かといえば・・・、うまく言えない・・・、いろんな意味で、そおゆう奴。
ある日彼は言った。
「成原さん、村上春樹好きなんですか?」
「うん、なんで?」
「この、アフターザダーク(タイトル)、成原さんの本?」
俺は、暇つぶしで読もうと思っていた村上春樹の本を彼は見つけたんだ。
それから二人で村上春樹談義。
彼から「乙一」も紹介され、4冊も貸してもらった。なんと4冊もだ
人を雰囲気で判断しちゃいけないと教えてくれたのは彼です。


以上、音楽にふれることなく、メンバー紹介してみました。  BYなりはら。
  
Posted by PSPスタッフ at 23:22Comments(4)TrackBack(0)

2008年02月12日

おもひで

あら、懐かしい♪

いましたねぇ、こんな空間に♪
あの頃は勢いがありましたよ! 髪の毛に… リーゼント余裕♪

なんとかして音楽で食っていけないかなぁって、いろいろ考えた末に出した答えが
家出して、都会へ行って、ライブハウスに飛び込んじゃえばいいんじゃん? でした…
バカだなぁ… オレ…
でも10代だったから許してね♪ お母さん♪

金もほとんど持たずに飛び出したもんだから、名古屋までしか行けなかったってゆうオチで
とりあえず栄だろ!ってな具合ですよ
ほんと計画性 オレはサラ金とか手ぇ出したらダメだな…

『この辺にライブハウスありませんか?』

頭、悪そうでしょ?
しかも、PUNKな兄ちゃんとかに聞くのが怖くて
仕事帰りのスーツ姿のお姉さんに聞いた
あわよくば、ご飯でも食べに行く? とか、あるかもしれんし…

なかったけど…

これが、PUNKがやりたい18の坊主が、なぜKENTO'Sで働くようになったのか? の全貌です♪
しかし、よく雇ってもらえたなぁ… バカ丸出しだったのに…

仕事は楽しかったですよ♪
コカコーラシャツ着用でw なにより、毎日生音が流れてるわけだし
お客さん(ホステスさん)と仲良くなって食べさせてもらってたり…(原因№1
土日はかなりのBIG NAMEが入ってくるし、クールスとかさ…
月~金はハコバンが1日2ステージやるんだけど、ぶっちゃけ、曲もMCも一緒だったりする
だけど、不思議と飽きたことはなかったなぁ…

ただ、ある日突然気付くわけ
『いやいやいや、店員やりたいんじゃなくね?』
で、辞めちゃう… また計画性 まったくもってサラ金には手ぇ出せんわ…
そこからは、すごい勢いで転落していきましたねぇ 岸部シローもビックリっすよ?
それはまた機会があれば書きましょう たぶん書きません…

そういえばKENTO'Sは2店舗あったんですよね
僕がいたのは錦で、もう1店舗は… どこだろ… たぶん栄…
そっちは普通の?ライブハウスな感じとゆうか、オールディーズ以外も普通にやってたみたい ハードロックとか…
潰れたらしいけど… 合掌…

昔、お世話になった人たちは誰もいないみたい…
何気に異動が多いんですよね 新店舗OPENとかだと全国から集まってくるし 
続けてたら出世してたんかなぁ…w
まぁ、今、生きてて楽しいからいいんだけど って変なまとめだな
国語だな… オレ…

あ… 忘れてた…
“来週もよろしくお願い致します♪”

先週の下馬ブロッサムの泰蔵くん
僕は彼を見てPUNKをやろうと決めたわけですよ
泰蔵くんが高校生、僕が中学生っていう、本当にそんな頃あったのか?ってぐらい昔の事

それは、また、別のお話…      byナオ  
Posted by PSPスタッフ at 16:24Comments(0)TrackBack(0)STAFF日記

2008年02月12日

アメリカングラフティ~KENTO‘S


<ごめん、これ写メなんで、鮮明じゃないけど・・。
KENTO‘Sのステージに立つ、確か『ベリーズ』だったかな?

日月と名古屋に遊びに行ってきて、夜どこへいこうかな?と思ったとき、思い浮かんだのがここ。
すごく久しぶり、俺が以前行った時は、中日ビル?の近く?と認識してたけど、引っ越したんだな、ここはテレビ塔の
西側のブロックに位置してました。

店内で案内された席が、最初ステージ下手のギターのまん前。
目の前にはジャズコーラス(ギターアンプ)のスピーカー4つ内蔵型の120ワットくらいのやつが・・。
「こりゃ、うるさいかも?」と思っていたけど、ショウが始まると、全然快適。
ギターの兄ちゃん、いろんな意味で心得ていて、ソロは出すけどバッキングはおさえるという・・やっぱ、プロだな~と思いました。
ギターに限らず、ドラムもベースもキーボードもだけど、快適な、耳心地の良いオールデイズナンバー
やっぱ、いいよね、この感じ!

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2ステージ目のギターソロのとき、マイクが倒れて、ギターの兄ちゃんにもたれ掛かったんだ。
メンバーも気づいてなかったんで、なぜか俺が直しましたよ。
ここでも俺はSTAFFなのか?メンバーからは「ありがとう!」と言われましたが・・・。

そうそう、相棒の、ナオ君も何年か前、ここで仕事してたんだって。
コカコーラシャツを着て、「ご注文は?」とオーダーをとる彼を想像したら、なぜか軽く笑ってしまいました。軽くね。



ドリンク6~7杯、ピザ、サラダ、なんとかのマリネ?(よくわからん)を注文して、2ステージ見て、二人で12300円
高いか安いか?まあ、ご参考に。

余談になりますが(といってもすべて余談だが)、これもKENTO‘Sの影響かな?次の日、大須で黒皮のシャツジャケを買っちまったぜ。買うつもりはなかったけど、金が~。まあいいか、なるようになれ。ちなみにこんな感じのやつ。結構渋いでしょ?

BYナリハラ

PS・・・次回パスポートライブは、いよいよパスポートプロジェクトスタッフのナオ氏のバンド「バッカイ」です。
    みなさん、ガツンと騒ぎましょう!

  
Posted by PSPスタッフ at 11:17Comments(2)TrackBack(0)

2008年02月10日

アフターザアンプラグド

今夜の企画「アンプラグド」も無事終了いたしました。
雪の中、たくさんの人に来てもらってサンキューです。
アコースティックギターを中心に、様々なチームが出ました。
一応、許可は取った?と思うんで、画像をどうぞ・・。


開店休業(チーム名です)のさちこさん。ブログを見てくれて、俺が吉田拓郎のことを書いてたら、なんと早速歌ってくれました。
「唇をかみしめて」やさしいね~。


古川たかしさん。威風堂々と言いますか、わが道を行くといいますか、環境に微動だにせずと言いますか、それも人生されど人生と言いますか、ギターハウってすいません。


林軍の3名様。林君ボーカル、倉野氏のギター、ミカさんのピアノ、と、うまい下手で言ったら、うま~い。
林軍団だったらしいけど、なぜか林軍にネームチエンジ・・。なぜだ?何があった?


SAKA-KEN。俺の同級生。彼も丸くなりましたよ。昔の君が嘘みたいだ。ギターのみで一体何ができるのかを追求する男。
カルシウム不足か?最近切れやすいぞ・・。


多加志さん。いい人なんですよ。ほんと、死んだら間違えなく天国行きですよ。天国行き決定!
しかも謙虚。嫌なことがあったら、彼に聞いてもらいましょう。きっと、その痛みをやわらげてくれるはず。


ラストは「下馬ブロッサム」。アコースティックパンク?魂の叫び、いやー、彼らラストで良かったよ。だって、次ぎにやる人いたら
嫌じゃない。とにかく熱い!オールオリジナル。よくこんな曲つくれるよな~。

皆さんおつ!軽いか?まあまあ、すごいよ、みんな・・。

ということで、アフターザアンプラグドでした。
BYなりはら。  
Posted by PSPスタッフ at 01:38Comments(2)TrackBack(0)

2008年02月08日

なぜか吉田拓郎


別にさ、明日のアンプラグドに拓郎の曲を歌う人は出ませんよ。
なんつーかな?結構気になるのよこの人さ・・、まあ、早い話が好きなんだろうね

当時(1970年代初頭)は、GS(グループサウンズ)ブームがナリを潜め、それにうってかわってフォークが出てきたんだ。
陽水、かぐや姫、泉谷、岡林・・・もろもろ、もちろん俺は小学校だったから、そんなアングラなブームに乗るはずもなく、かんかんけりとか野球とかしてたわけだけどさ、後になっていろいろ聞いたり、見たりで、へえ~ってな感じかな?

とにかく基本的なフォークの人ってさ、暗くて、あんまり喋らなくて、贅沢を好まなくて、髭もそらなくて、ひょっとしたら風呂も週一回だったりして・・・、ただ詩の中にあるメッセージを、聞いてくれる人達に伝えるという、たぶん一種の伝道師的ポジション?のような気がする。彼らが「♪何もいらない~、お前が入れてくれるお茶があればそれでいい・・・」なんて歌うと、確かに説得力があるもんね。

でも、拓郎さんは違ってた。

彼は売れてすぐ車を買ったらしい。
そしてバカンスのお決まりは「ハワイ」、なんでも「俺、ハワイ好きなんだよな~」だって。
そして、キャンディーズをはじめ、当時のアイドルに多くの曲を書く。その理由について「アイドルのそばに居たかったんだ、だって、フォークの連中暗いでしょ・・」だって。
さらにさらに、やはり当時だけど、トップアイドルをデートに誘いおとす。
ちなみに浅田美代子です。当時は純情可憐で売っていて、とても声をかけられない状況の中、「今、原宿で飲んでるんだけど、出てこない?」だって。
そして近年、50代半ばで、キンキキッズと番組で戯れ・・・。

俺は結局、彼の生き方が好きなんです。  
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2008年02月07日

アンプラグド


2月9日土曜日20:00スタート、19:30オープンです
チケットなし、入場1000円1ドリンク付きです。

お気軽に、ひとつ・・・。  
Posted by PSPスタッフ at 16:18Comments(0)TrackBack(0)

2008年02月05日

16日のLIVE

16日の予定が決まりました

“FIRST IMPULCE”

OPEN 19:30~ START 20:00~
adv 1000yen door 1400yen

○下馬ブロッサム(予定)
○Bitch mam
○ばっかい

遊びにきてくださいね♪  
Posted by PSPスタッフ at 17:00Comments(9)TrackBack(0)予定

2008年02月04日

ツバメ

まったりとして、それでいて爽やかな冬の夜
30分2本勝負を彼らはやり遂げました♪

マイクを通しての演奏は初めてということだったので
そのへんも経験していったら面白いんじゃないかと、僕は偉そうに思いました
店内も和気藹々としていい雰囲気だったんじゃないかなぁと、僕は偉そうに思いました
彼ら、週1ぐらいで国分寺通りのH中S草堂サマ付近で歌ってるみたいです♪

閉店後、雪が積もっててビックリ
あの夜の朝日町で5回こけました…
左の拳に大きな傷が…
会う人、会う人『ケンカしたの?』って…
もう、そんな歳じゃありません(笑)
おまけにさし歯も吹っ飛んでいきました♪ 次の日の朝に朝日町で歯を探すバカが1人…

見つけたけどね  
Posted by PSPスタッフ at 14:32Comments(0)TrackBack(0)

2008年02月03日

アメリカングラフティ


行きつけのピッキンという喫茶店で、CD5枚組みを借りた。マスターが東京のケントスにて購入した{RADIO DAYS}という、よくあるタイプの企画物オールデイズCD.もうお決まりのポールアンカ、からニールセダカ・・。もう5枚もあるから、仕事場とか車とかでも、古きよきアメリカンミュージックを最近聞いてますよ。

で、音楽ばかり聴いてると、画像が見たくなり、レンタルで久しぶりに見た「アメリカングラフティ」・・。

内容について、つべこべ言わないけどさあ、この時代背景、俺好きやな~。本当にピンクのキャデラックとか、存在したのかな?レストランに掛かる看板のセンスの良さ、シンプルなリーバイス(たぶん)の白Tシャツ、画像じゃわかんないけど、彼らから漂う香りは「ポマード」のキリっとした匂いなんだろうな・・。

土曜の夜に、彼女を車のサイドシートに乗っけてさあ、CDやカセットテープすらも無かった時代だったから、ラジオのDJに頼ったんだろうね「21:30にヘイポーラをリクエストする!お願いDJ!デートなんだ!・・」とか言いながらね。

もちろん夢としてだけどさあ、オールデイズチームをくんで、ケントス的なショウ(ライブとは言わない)をやってみたいね。オールデイズソングってさあ、結構コードとかでも簡単じゃん。ベースがすごい複雑な事している訳でもないし、ただ、センスは重要!って言うかセンスがすべて。技術はあっても、オールデイズポップロックを理解するセンスが無いとね・・。

まあ、そんなかんなで、アメグラとともに・・。成原

PS・・2月2日(土)ツバメライブ俺行けませんでしたが、彼らは何臆することなく、歌ったことでしょう(想像)
  
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2008年02月01日

明日の献立

しかし、寒いっすね…

そんなわけで明日はツバメっていう2人ユニットの登場
はっきり言って、僕は何も知りません…
成原氏が路上で歌う彼らに声を掛けて決まったらしい

成原氏が声を掛けて…ってことは、きっとかわいい女の子2人組みなんだろな…


違った…


まぁ、置いといて…

21:00~ 22:00~ 2ステージを予定しています♪

自分もむか~し路上でやってたんで楽しみです 10年ほど前やけど…



因みに、明日は成原氏、お休みをとっています
女の子2人組みだったら、きっと出勤していたことでしょう… 合掌…

by ナオ  
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