2008年07月30日
運命のじゃんけん
1976年12月、俺と藤本君は、俺の部屋でお勉強をしていた。
なんと、お勉強をだ。
理由は簡単で、「期末テストの結果」が悪かったためだ。
「このままじゃ、マズイ・・」と、俺達は中学校2年にして、真剣に考えたのだろう。
もちろん1時間くらいは、まじめにやってたと思う。
やがて「ちょっと休憩」とか言って、カッパえびせんをつまみにキリンレモンを飲み、「ビートルズ聴く?」とか言って、カセットテーップをSONYのテープレコーダーに突っ込み、「ロックンロールミュージック」とか「プリーズプリーズミー」とか流す。
藤本君が「いいね・・」なんて言ってくれると、すごくうれしくなり、「これもいいよ、あれもいいよ・・」と、次々と曲をかけ、雑誌に載っているビートルズの写真を広げ、坊主頭二つつき合わせて、似合わない音楽談義・・・。
やがて、運命の一言「なあ、バンドやらん?」、「いいね、おもしろそうやな・・」
みなさんもそうだと思いますが、俺も、とくにどうってことない瞬間から始まりましたね・・。
「なあ、メンバーどうする?」
「あいつとあいつとあいつなんかいいんじゃない?」
「いいね!」
「良い」という定義に理由など無い。
「♪が読める」とか「音楽の成績が良い」っていうんじゃなく・・・。
ただ単に、「仲良し」ってだけ・・。
翌日、他の子のも声をかける「なあ、バンドやらん?」
みんな「やろう!やろう!」と、すごくうれしそうだった。
さっそく、作戦会議。
まずは、ポジション決め。
ギター2本、ベース、ドラム、ボーカル・・をめぐって5人でじゃんけん。
最初に勝った二人がギター、次にボーカルが藤本君、で、4番目に勝った俺がベース、残った一人がドラム。
今にして思うとだけど、あの時俺が1番で勝っていれば「ギターソロバリバリのギタリスト」も夢じゃなかったかな?
次生まれ変わったら、俺ギターやりたい。しっかりとしたボーカルの隣で、ストラップ下げめでリズムを刻み、ソロになると「待ってました」って感じで、センターで弾きまくるギタリストにね・・・。
「ジミーペイジ」みたいな感じかな。
まあ、生まれ変わったらね・・・。
とにかくバンド創世記、ポジションが決まってやることは、楽器アンプ類の購入。
お決まりの新聞配達・・・俺は「朝日新聞朝刊」を岡本町周辺配ってました。
お年玉のキープ。
今までの貯金を下ろす。
などなどして、翌年春には「ベース」購入。
当時の価格で、46000円・・・高いと思わない?
今みたいに、中古とか、バッタ商品がなかった時代だからね、ギター類はこれくらいはしたよな・・・。
俺は、部屋に持ち帰った「ベース」を眺め、「どうしたものんか?」と思った。
「買ったはいいが、本当にできるのか?」と、思った。
ここから、苦悩の日々が続くこととなる・・・・。
NEXT LIVE8月2日(土)21:00~ 飲み会やります。
純粋な飲み会です。
お気軽に・・・。
BYナリハラ
2008年07月29日
をしながき
GO TO 北京! 手包み餃子の真相を暴け!!
てな感じで8月の予定です♪
2日(土)
“第一回 皆さんのおかげでなんとか半年持ちました you達 飲んじゃいなよ? まぁ奢らないけどね♪”
OPEN 21:00~
殿 2,500yen
姫 2,000yen
急遽、決まったこの企画
企画なんて大げさなもんじゃなく 飲み会…
今までやってこれたのも出演してくださった皆々様のお陰です
とか 思ったり思わなかったりで(思ってます)
飲み放題 食べ放題 ○○放題の花びら回転大サービス!
ってほどでもないけど 一緒に生でも飲みながらワイワイやりませんか?
今までの出演者には声を掛けさせていただきますが
呼ばれてねぇぞ!って方
呼んでないんじゃない! 忘れてるだけだっ!! 俺達は初老だからなっ!!
たくさんのご来店 お待ちしております
*****************************
10日(日)
“JUNK PERFORMANCE vol.7”
OPEN 19:30~ START 20:00~
adv 1000yen door 1400yen
《BAND》
○R☆on
○BANDIT
*****************************
23日(土)
“Display of Passion”
OPEN 19:30~ START 20:00~
adv 1000yen door 1400yen
《BAND》
○Bitch mam
○LAPIS
○SPREAD GERM
*****************************
30日(土)
“Dear Songs”
OPEN 19:30~ START 20:00~
adv 1000yen door 1400yen
《BAND》
○LITTLE VOICE
○Re-plica
******************************
てな感じで8月の予定です♪
2日(土)
“第一回 皆さんのおかげでなんとか半年持ちました you達 飲んじゃいなよ? まぁ奢らないけどね♪”
OPEN 21:00~
殿 2,500yen
姫 2,000yen
急遽、決まったこの企画
企画なんて大げさなもんじゃなく 飲み会…
今までやってこれたのも出演してくださった皆々様のお陰です
とか 思ったり思わなかったりで(思ってます)
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たくさんのご来店 お待ちしております
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10日(日)
“JUNK PERFORMANCE vol.7”
OPEN 19:30~ START 20:00~
adv 1000yen door 1400yen
《BAND》
○R☆on
○BANDIT
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23日(土)
“Display of Passion”
OPEN 19:30~ START 20:00~
adv 1000yen door 1400yen
《BAND》
○Bitch mam
○LAPIS
○SPREAD GERM
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30日(土)
“Dear Songs”
OPEN 19:30~ START 20:00~
adv 1000yen door 1400yen
《BAND》
○LITTLE VOICE
○Re-plica
******************************
2008年07月27日
妄想・・・MORE SOUL!!
しっかしさ・・・疲れたね・・・でも良かったね・・・・いい感じだったよ・・・。
前も書いたけどさ、26日は各地でイベント盛りだくさん。
そんな中、この場所を、このライブを選んでくれて、感謝します。
エアコンはバリバリ効いてるんだけど、熱気で熱かった。
汗だく・・・まるで、野球部の練習だったよ・・・スタッフ的にね。
マスタープラン・・・去年年末以来のライブ?じゃない?けっこうねオファーを入れたんだけど、ボーカリストの「性的志向」もあってか、断られ続け、やっと出てもらいました。でも、今回良かったんじゃない?じゃあ、前は良くなかったのか?と言われれば、一言もないけど、「アイアムザウオラス」とかね・・・、個人的にはね、GOODなのよ。
アヤ モード アラカルト・・・ピンクレディーの曲を、現代風に、いろんな志向をこらして、衣装もばっちりキメ、音数もむちゃくちゃ多く・・・ちなみにスタッフ側は大パニック。とにもかくにも楽しませていただきましたよ。ちなみに、このバンド、市民広場の夏のカーニバルとかけもち、「ダブルヘッター」。暑かったろうね。おつ。
クッピーズ・・・俺が持つクッピーズのイメージとは随分ちがい、多方面から選曲し、例えば「ラジオスターの悲劇」とか・・知ってる?楽しいステージでしたよ。盛り上がってましたよ。以前はボーカルの西倉君が、切々と、淡々と、歌い・・・こいつ、自殺するんじゃねえかな・・・と、マジで心配した記憶がありますが。うん、でも、冗談ヌキで、いいバンドだと思う。
こぼれ話・・・いやね、下記画像の彼は、あるバンドのギターなんですが、ライブ終わりの打ち上げで、からんできて、「実は今朝5:00に目が覚め妻を抱きました・・俺、朝、けっこう好きなんですよ・・・妻も拒否しませんし・・・」と、わけのわからん持論を展開し、「このことブログに書いてくださいよ・・・写真は正面はNGなんで、横からお願いします・・・」といい・・・。
とにかく、約束は守ったぞ。
「物語風に書いてくださいよ・・・」ってのは、無理だ。
さてさて、彼は誰でしょう?
パスポート打ち上げが終わり、2次会に俺も行かさせていただき、「千年の宴」やったっけ?
実名「清水一郎君」と、昔、話しかけのテーマ「変態の定義」、について、朝まで生テレビ風に議論しました。
一体何の意味があるんだ?
こんな感じで、妄想・・・MORE SOUL!!は終了しました。
BYナリハラ
2008年07月24日
7月26日土曜日の展望

いやー、熱いすね~、みなさん、溶けてませんか?
あと、1ヶ月はこんな暑い日が続き・・いや、もっとか。
体だりーし、仕事やる気おきないしね、ほんとプールに飛び込んで、かき氷のストロベリーを食べたい気分の今日この頃。
まあ、俗に言うところの、夏は「恋の季節」と言われておりますが、俺は逆に「別れるにはもってこいの季節」と、思うよ。
だってさ、秋とかだと、淋しさが倍増しそうじゃん。
夏なら「淋しいけど、悲しいけど・・・それより暑い・・」ってならない?
「この男にそろそろ飽きた」っていう女性の方、思い切って言いましょう「ごめん、さよなら、夏だし・・」と。
そして、各地のイベントに行きましょう。
野郎どもは声かけましょう「ねえ、彼女・・」(古いか・・)、「すいません、ちょっといいですか?」(宗教介入か・・)、では「俺と関係をもちませんか?」(痴漢か・・)、まあ、とにかく、そおゆう事です。
しかしねえ、次の土曜日、もちろん PROJECT of PASSPORT 企画ありますよ。
そのほかにも、明宝ジャズフェスティバル、萩原か下呂でも野外音楽イベントあるでしょ、市民広場では中日夏のカーニバル、でカマGというお店でもブルース&アコースティックライブがあり・・・まあ、俺が知る範囲でもこんだけあるから、まだどっかであるかもしれないね。
マスタープラン(パスポートライブ参加)っていうバンドのボーカルと電話で話してて、「この日、バンドの真価がとわれますね・・」なんて言ってましたが、マジでそうかもしれない。
彼は、バイセクシャルという一部噂があるため「次のライブでカミングアウトしちゃえば・・」って言ったら「それも一つの手ですね・・」と答えておりました。
いや、「手」にはならないと思うが・・・。
まあ、とにかく、みなさん、がんばってね。
俺の昔の記憶を辿ると、生のバンド演奏を見たのも、本町通の夏の夜市。
確か小学校5年かな?
今の北陸銀行の前で、3人(ギター、ベース、ドラム)のユニットがやってた。
いったい誰なんだろうか?
あれやってたよ「銀座カンカン娘」(あの娘かわいや、カンカン娘~)って曲。
世代的に、CASのドラム親父さんたちかな?なんて思いますがね。
7月26日はみなさん、家を空けられるとおもいますが、くれぐれも戸締りを忘れずにね、空き巣も狙ってますよ、26日の夜をね。
こないだ、空き巣の集会に行ったら「26日はゴールデンナイトだ!」って、黒板に書かれていましたよ。
空き巣のキャンペーン的スローガンでしょうか?
言っておきますが、冗談ですよ。
ではでは、熱い夜を・・・。
NEXTLIVE
BYナリハラ
2008年07月22日
LIFE IN THE FACTORY

無機質な風景、淀んだ空気、アンチビビッド・・・工場とはそんな場所だ。
エコが叫ばれる中、社長も工場長も頭を抱え、CO2の削減に四苦八苦する。
近隣住民に、廃棄物処理方法についての、過剰なまでのアピールをし、近隣住民のレクレーションにはビールケースを差し出し、協力費も惜しまない・・・。
この工場は、エコに協力し、自然を守り、煙突の煙ですら害は無く・・・的なコマーシャル・・・・「ほらね、うちは大丈夫でしょ」的なコマーシャル・・・THE コマーシャル。
こうして今日も機械は回り、金属を削り、ベルトコンベアーの両サイドで、ワーカー達が歯車と化す。
無言の歯車として、8時間我慢する。
でも、気は抜けない。
うっかりしてると、指を機械に『持っていかれる』からだ。
指をやられるとギターは弾けない。
プレイヤーとしての寿命は終わる。
慎重に、黙々と、地味に、個性を殺し・・・8時間の歯車になる。
精錬された歯車に。
明日定年退職を迎える、源(げん)さんは勤続40年だ。
たいした出世もせず、係長という、あってもなくてもいいような肩書きを与えられ、毎日毎日、ベルトコンベアーの片隅で、金属片にボルトをねじ込み、少量の油を差す。
これが彼に与えられた仕事だ。
源さんは愚痴一つこぼさず、毎日毎日、「ボルト」「油」を繰り返し、時間になると一礼して、生産ラインを離れた。
「明日で終わりだね、源さん」と、俺は昼休みに声をかけた。
食堂でうどんを食べ終えた源さんは、おきっぱなしの週刊誌を読んでいた。
「源さん、今まで長かった?」
「そうだな・・・よく、働いたな・・」
「いくつから?」
「25歳だよ」
「へえ、その前は、なにをやってたの?」
「うん?その前か?まあ、いろいろとな・・」
「なんだよ、教えてよ」
「こう見えてもな・・・歌手になりたくて、付き人をやってたんだよ。三田明みたいな歌手にな・・・」
「へえ・・・そうなんだ・・・初耳だね、挫折したの?」
「そうだな、挫折だな・・・歌手の先生から随分殴られたよ・・・虫けらよばわりされてな・・・何かで間違えると・・・例えば買ってくるタバコの種類を間違えたりするとな・・・ひどい時は川に投げ込まれた事もあった・・大阪の・・・道頓堀川だったかな・・・」
「・・・ふ~ん・・・」
俺は、缶コーヒーを自販機で買い、源さんに渡した。
源さんは深々とお辞儀をし、それを飲んだ。
「ねえ、源さん、工場務めっておもしろかった?」
「おもしろくはないさ・・・」
「でも40年だろ?嫌になったこととかないの?」
「お前はおもしろいことを聞くんだな・・・おもしろいとか嫌とかっていう問題じゃないんだ・・・機械も金属部品も、俺を殴ったりはしない・・・馬鹿野郎とも言わない・・・だから、楽なんだよ・・・」
「毎日毎日同じことの繰り返しで飽きない?」
「飽きるなんて事は、ずいぶん昔に忘れてしまったな。こうして、生きているし、指だって残っている、明日、わずかだが退職金も出る・・・むしろ・・・」
「むしろ?」
「工場をやめた後が怖い・・・何をすればいいか、わからんのだよ・・」
「・・・カラオケ教室に通えばいいよ・・・ほら、その、三田明を歌えばいい・・」
「そうだな・・・でも、昔のことは忘れたいしな・・・」
「源さん、俺に何かアドバイスしてくれないかい?」
「アドバイス?か?・・・お前は、何かしたいことがあるか?」
「いや、何がしたいかわからない」
「だったら、このままがいい、人間焦らんことだ。8時間は、機械の音や金属部品に囲まれて過ごした方がいい、一生懸命やることはない・・・ただ、慣れることだ。そして、指をもっていかれんようにな・・・」
翌日の昼休み、事務の女の子が、雑草交じりで新聞紙にくるまれた花束を源さんに渡し、まわりからは、しらけた拍手が「パラパラ」と鳴った。
源さんは、深々とお辞儀をし、頭を上げようとはしなかった。
みんな、あくびをかみ殺し、持ち場に散っていっても、源さんは頭を下げたままだった。
俺が源さんの肩を叩き「源さん、もういいよ」と言うと、源さんは頭を上げた。
「昨日のアドバイスの続きだが・・・・」
「えっ?」
「やりたいことはやっておいたほうがいい・・・」
「ありがとう・・・わかったよ・・・」
俺は、機械を回し、一体何の部品になるのかわからない金属片にドリルで穴を開けた。
俺は源さんに「三田明」のCDを、退職祝いとしてプレゼントした。
NEXTLIVE
BYナリハラ
2008年07月21日
ROCK‘N ROLL NIGHT~2008,7,19~
俺、マジで思いますけどね、いいおっちゃんたちが集まって「おい、バンドやろうぜ、昔みたいによ・・・」見たいな事を話し合い、忙しい仕事の合間を縫い、子供の部活動に付き合い、奥さんのきげんをとり・・・いや、とりきれず・・・「あんた!ええかげんにしとけ!ギター、サンタの倉庫に叩き売るぞ!」と言われても・・・・金属バットでどずかれようと・・・知らぬまに生命保険がかけられようと・・・・バンド練習を重ね、ライブを行うってさあ、ちょっと泣けてこない?どお?
上の画像ってさ、リハの途中で、出演者に並んでもらって、撮ったものだけど、自分で撮っといてこんな事言うのもあれなんですが『すごくいい絵』だと思うよ。
人生の長さ、重みみたいなのがにじみでててさ、彼らの20年前、30年前を思い浮かべてみると、ひとつの定義にたどり着く。
「人は老い、疲れ、それでも生きる・・・生き恥をさらしながらでも生きる」って定義。
そんな状況下の中でも、「ROCK‘N ROLL」する美しさ・・・。
美しさというのは、若いお姉ちゃんを中心にした言葉なのだろうけど、この、こきたなさの中にも美しさが存在することを感じた夜でした。
Cruisin・・・2月以来の?かな、ギターは昔からの知り合い、ドラムは同級生。がんばってほしいよ。
チャロル・・・ここはドラム&ボーカルがタメ。ちなみに、16歳の俺にタバコを教えたのはドラムです。あっ、そのこと話すの忘れた。
我が同士よ、行けるとこまで行きましょう。
そして、死ぬ時は、じたばたせず、「コロッ」といきましょう。
俺たちもそろそろ、「老後」とか「血圧」とか「死」とかのテーマで酒飲みましょう。
「女」「バイク」「喧嘩」のテーマじゃなくね・・・。
NEXTLIVE
BYナリハラ
2008年07月17日
矢沢永吉論

いつか、彼について、書こう書こうと思い、ちょうど次のライブが「ロックンロールナイト」と言うことで、今書いときます。
夏だしね・・・関係ねえか・・・・。
矢沢えいちゃん・・・もう、大御所中の大御所だよな。
もうじき60歳なんて、考えられないくらいのバイタリティー、エネルギー、前向きさ、声のハリ、ステージングの切れ・・・。
もう、CDセールスどうのこうの、観客動員数がどうのこうの、言う以前の存在感、ロックの矢沢というポジションは不動である。
えいちゃんってさ、評価が分かれるんだよな。
つまり大好きって人と、「え~いいと思わない」って人とさ。
大好きって人、つまりえいちゃん風に言うと「ヤザワファミリー」の人達って、基本男やね。
つまり、昔、悪さの一つや二つや三つや四つ・・・やりましたよ!ヨロシク・・・的な男が、えいちゃんを支えていると思う。
へたに怒らせると、「なんじゃおめ~」って、胸ぐらつかんできそうな奴ら。
でも、普段は、みんないい顔してる。
仲間とつるみ、山ほどビールを飲み、大声で笑い、言いたいことは包み隠さず言い、へたすりゃ喧嘩をし、喧嘩した後はそのことを引きずらず、仲間意識がより強固になり・・・。
俺、えーちゃんFANって、そんな印象を持つ。
古川の「おこし太鼓」的、男気って言うのかな、そんなのを感じる。
もちろん、俺も好きです。
その昔、そうだな・・・78年から80年にかけてかな?えいちゃんのライブって、いろんな暴走族が集まってきて、駐車場での喧嘩、小競り合いや、ライブ会場での暴動や喧嘩、いがみ合いが結構あったらしいのね。
「矢沢のライブ行ってあばれてやろうぜ・・」みたいなさ、いわゆるいとつの「暴走族ステイタス」になった時期があったのよ。
で、えいちゃん、ラジオか雑誌か忘れたけど、声明を発表。
「ヤザワのライブに来て、暴れる奴は来なくていい、ライブってのは楽しいものだ、むちゃくちゃやるのと楽しいって事は、違うんだ・・・」と。
そして、だんだん、ただ暴れるってのは無くなっていき、純粋にえいちゃんを熱烈に応援し、ステージを楽しむという方向に変わって行った。
なんか似てない?ハードコアのイベントと?
俺、否定はしんけどさ・・・もちろんそれも文化なんだろうからさ、でも、そのバンドを見る聞く感じるっていう風には見えんけどな・・・。
話は元に戻りますが、えいちゃんが出した本「成り上がり」知ってるかな?

俺この本を読んだ時、17歳くらいだったけど、一晩で読んで・・・って言うか、途中でやめれんのよね、本音ビシバシで、男としてのメッセージも詰まっていてさ、外が明るくなって、寝ようとするけど、寝れんのよ、興奮して・・・。
次の日、教室で、俺、ヤザワ口調だったよ、マジで。
「因数分解ヨロシク、英語はメジャーだからやるけど、国語はマイナーだから寝る、おやすみヨロシク・・・」みたいなさ。
でも、いい事書いてあったよ。
「かっこいい生き方ってのは、テメーの食い分はテメーで稼ぐって事だ・・」とか
「テメーのケツはテメーで拭いてこそ男でしょ・・・」とかね。
そりゃ、これから、どう生きていこうか、不安を抱えたティーンエイジャー達に、大いなる勇気をくれたよ。
キャロルについても、書いてあったね。
多少売れたことによって、ジョニー大倉とかが、酒女関係で遊び始めたらしいのね。
で、バンドについては「えいちゃんがやりたいようにやれば・・・」的な言葉を言い出し、解散を決断。
解散ツアーの最中に、ソロアルバムに向けて動き出すあたり、並みのエネルギーの持ち主じゃない。
「しょせん夢がちがうのよ、夢が・・・」
えいちゃんが、当時よく言ってた言葉だけどさ、小さな成功じゃなく大成功じゃなきゃ、プライドが許さなかったんだろうね。
そういえばさ、何年か前、ジョニー大倉が本を出し、矢沢永吉を真っ向批判してたけど、えいちゃんは一切無視。
「矢沢の名前を使って商売してほしくないね・・」くらいの、コメントだったっけ。
器のでかさの違いを感じた。
ジョニーには悪いけどさ。
と言いながらも、俺まだ、矢沢ライブ行ったことないのよ。
俺の、名前は出しませんが同級生が、結構行くんで「俺も誘えよ」って言うと「おう、わかった、年末やな・・」なんて返し、約10年くらい、お誘いはない。
マジで誘えよ・・・俺も、「トラベリン バス」の、♪ルイジアナ!で、タオル投げてーからさ・・・。
nextlive
BYナリハラ
2008年07月15日
TV出演拒否

現在のメディア文化は、すごいの一言につきるよ。
だって、携帯でも、動画が撮れちゃったりして、それをネット発信して・・・・。
いやー、俺ついていけそうもない、便利は便利だろうけどね。
例えば、好きなミュージシャンのライブとか行って、隠し撮りとか・・・まったく、やる気ないね・・・・めんどくせーし・・・・うん、結局のところ・・・めんどくせーんだよな・・・・。
話は変わりますが、その昔、70年代から80年代にかけて、多くのミュージシャンがTV出演を拒否した。
その姿は、非常にかっこよく見え、彼らの音楽に対する姿勢、つまりはライブを第一に考えるというポリシーが、伝わってきたように感じた。
ようするに「TVには出ない・・・見たければライブ会場に足を運べ・・・もちろん最高のステージを見せる・・・」的なポリシー。
このTV出演拒否により、そのミュージシャンのライブは すごく貴重なもののように思われ、レコードセールスは伸び、ライブチケットは『プラチナチケット』となった。
まあ、早い話がさ、「ザ、ベストテン」BY、TBS・・・の存在が大きかったね。
ウイークチャートのベストテンを発表し、ランクイン者には徹底した出演交渉、そりゃ松田聖子、田原俊彦だったら「ありがとうございます!出ます出ます!」なんだろうけど、これが矢沢栄吉だったりすると「出ないんで、ヨロシク」ってなる。
何週もランクインしてるのに出ない。
見てるほうも、「何だよ、出ろよ!・・・」なんて、思いながらも、「かっこいい!」と思ったり・・・。
TV出演拒否は、正直、かっこよかった。
具体的に上げると・・・・。
さっきも書いた、矢沢えーちゃん「時間よ止まれ」ランクイン最中、1回も出なかった。
オフコース「さよなら」「YES NO」などでランクインするも、1回も出なかった。
チューリップ「虹とスニーカーの頃」ランクインも、1回も出ない。
完全出演拒否!
心に残る、1回だけの出演・・・・・。
松山千春「季節の中で」・・・・、歌う前に「TVはこれが最後」宣言をしてから、ギターのみで歌った。正直しびれた。かっこよかったし、髪の毛もふさふさしてた・・・今、病気なんだよね・・・回復して、また、毒舌をお願いします。
甲斐バンド「ヒーロー」・・・自分のラジオ番組(NHK)のスタジオライブを、TBSが中継するという、ぞくに言う2元中継?で出演。
甲斐よしひろは、ウイスキーを飲みながら、ヒーローを熱唱・・・・大人やなあって思った。
この時代ってさ、ビデオ以前なのよ。
つまり、すごく貴重で、その瞬間を目に耳に焼き付けるしかない。
で、TVは居間に1台だろ。
運が悪いとさ、親父とお袋が、喧嘩とか始めちゃうと最悪。
俺1度マジで怒ったもん。
「うるせーな!喧嘩なら外でやれ!」って。
ザベストテンには入らなかった?けど、陽水、拓郎などの大御所もTV出演拒否。
「甘い言葉にはのらない・・・」
「TVに媚は売らない・・・」
みたいな、ポリシーは、当時ビンビンに伝わってきたよ。
まあ、その後、みんな、こぞって、TV出だしたけどね・・・バラエティーも含め・・・「あれ?」みたいなさ。
で、本日の締めですが、浜田省吾はえらい!と思う。
佐野元春同様「和製ブルーススプリングスティーン」と称される彼は、なんと今まで、その手の音楽番組、完全出演拒否!
たぶんだよ・・・たぶん彼は、彼の中にある価値観をベースに生きている。
TV出演でのギャラとか、CD売り上げに対する印税とかは、2の次なんだろうね。
ようするに、回りに惑わされることなく、「俺がやりたいようにやる」みたいなさあ、「まあ、セールス落ちても、食えりゃいいじゃん」みたいなさあ。
アルバム「マイ ファースト ラブ」の中の「アイアムザファーザー」って曲、俺「世の親父たちよ、この曲を聞け!」って叫びたい。
まあ、そんなかんなで、TV出演拒否でした・・・・。
NEXTLIVE
BYナリハラ
2008年07月14日
佐野元春『SOMEDAY』
1982年は、とある方向が示された年だ。
もちろん、当時のヤングジェネレーションを中心にだけど、明らかに「この方向で行こう」と思い「こおゆうライフスタイルで生活しよう」と、意識を決定ずけたミュージシャンがいた。
佐野元春である。
彼が1982年に出したアルバム「SOMEDEY」によって、少年たちはヤンキーを卒業した。
パンチパーマをやめ、ど派手なアロハシャツからボタンダウンのストライプシャツへ、白のエナメルの靴からコンバーススニーカーに履き替え、『狂気乱舞!』というステッカーを車からむしり、かわりに「EASYTIME」のステッカーを貼った。
「ポパイ」「ホットドック」などの、男性ファッション誌を読み、目が悪くないのに、くろぶちのメガネをかけ、秋ともなればセーターを肩にかけ、ブラックコーヒーを飲みながら、ギリシャ神話の一説を語るような・・・・。
THEライフスタイル・・・・そう、まさに、ちょいオシャレなライフスタイル。
この、ちょいオシャレなライフスタイルの原動力になったのは、佐野元春であると俺は信じてやまない。
実際のところ、俺もそうだったもん。
俺そのころ、自分の車は持っており(トヨタカリーナ、S49式)、名古屋方面のヤンキー君とまあまあ仲良くなり、そいつらの車に乗ったり俺の車に乗せたりしてたんだけどさ、相変らず、加速がどうの・・・とか、シンナーはAクラスじゃないと酔えない・・・とか、あそこの喫茶店のお姉ちゃんを車に連れ込もうぜ・・とか、そんな話ばっかりで、BGMはアラベスクや横浜銀蠅・・・・・。
最初はもちろん楽しかったけど、「いや、違う・・・俺はこいつらほど馬鹿じゃない・・・」と、思い始め、佐野元春の「SOMEDEY」をきっかけに卒業、もちろんはったりで、そいつらに「デリケートな女の子ほど、地球の重力に関心があるんだぜ・・・」などと言ったら、そいつらポカンとしてたけな。
何はともあれ、『SOMEDAY』というアルバムがもたらした効果は大きかった。
車でこれを聞きながら、街並みをドライブしているだけで、幸せな気分になれた。
アルバムの中に、随所に登場する、サックスの音色も、洗練された「オシャレさ」をかもち出していた。
ある評論家が「和製ブルーススプリングスティーン」と、評していたけど、俺も「まさにその通り!」と思ったね。
佐野元春にとって SOMEDAYは3枚目のアルバムで、前の2枚も実はすごくいい!デビューアルバムに収録されている「なさけない週末」っていうバラードや、2枚目のアルバムタイトルにもなった「ハートビート」なんて、俺いまだに鳥肌たつよ。
しかもやっぱ、車の中で夜中の一本道で聞くと、よりのめりこんでしまう。
さっきも話した、ヤンキー車で、佐野元春のカセットをかけた事がある。
「ちょっと、聞いてみ、これいいよ」とか言ってさ。
でも彼ら「こんなのロッケンロールじゃねえ・・」とか言ってたっけな。
このころ、彼のよさを話し合える友達は、まわりにいなかった。
だから、今、そのころの思いも込めて、このブログを書いてます。
SOMEDEY・・・いつかきっと・・・・・。
いい歌なんだよな・・・・。
NEXTLIVE
とはいいながらも、次回のライブは、「そのてのライブ」です。
もちろん、「そのて」も、大好きです。
BYナリハラ
2008年07月04日
SUMMER TIME BLUES

1980年代中期、夏の夕暮れ、静岡県の海沿いの道で、俺の車(ホンダシティ)が止まった。
「ヤベッ」と思いながら、何回もキーを回すものの、エンジンはうんともすんとも言わない。
「マジでどうする?」
俺は、汗だくになりながら、ギアをニュートラルにし、車を押し、安全な路肩スペースへ移動させた。
近くに電話ボックスも無く、車もほとんど通らない。
たまに来る車にヒッチハイクを仕掛けてみるけど、見事に振られて落ち込む。
仕方なく、ボストンバックを抱え、民家がありそうな場所まで歩いた。
東京で、3日ほど、ライブハウスや原宿、渋谷をぶらぶらし、東京在住のダチのアパートに泊まり、新宿からの中央高速で帰ればよかったものを、「やっぱ、夏だし、海沿いの道をゆっくりと・・・」なんて考え・・・・車は止まり、財布の中は1万ちょっと・・・。
1時間ほどで海沿いの民宿発見!
ブルーのペンキで塗られた木造の壁に、「Beach house」と書かれたアメリカ西海岸を彷彿させる看板がかけられている。
「今晩止めてください、おいくらですか?」
「2食付で、8500円だけど、君はお金持ってるの?」
民宿の奥さんは、髪をカリーヘアできめ、ピンクの麻でできたロングスカートを履いていた。
30代後半といった感じかな?
俺が、事情を話すと、「ちょっと待ってね」といい、中で御主人と相談、ロン毛に髭、ブルーのアロハシャツのご主人が出てきて、こう言った。
「君、まあ、金はいいから、泊まって行きなさい」
地獄で仏とは、この時のための言葉だろうね。
「いくつだい?」
「24です」
「どこの町から?」
「岐阜県の山の方です」
「サーフィンは?」
「サーフィンボードに触ったこともありません」
「スキーは?」
「まずやりません」
「釣りは?」
「小さい時に2度ほど・・・」
「君は、その山の町で、何をやってるんだい?」
「ロックバンドを少々・・・・」
「ビーチボーイズは弾けるかい?」
「3コードなら適当に・・・」
俺は手渡されたクラッシックギターのチューニングをし、むちゃくちゃ英語で「サーフィンUSA]を歌った。
ご主人と奥さんは「・・インサイド アウトサイド USA・・・」とコーラスしてくれた。
しかも、ハモっていた。
「あの・・・よかったら、しばらく・・・お金は要りませんから・・・働かせてくれませんか?」
「・・・・・・う~ん・・・・明日の夜は、ギターで何を弾いてくれるんだい?その答えによって決めよう・・・」
「・・・イエスタデイ・・・じゃ、だめですか?」
「いいんじゃない!わたし、ビートルズ好きよ」と、奥さんが答え、話は決まった。
翌日、俺は、バーベキュー用のマキを割り、風呂掃除をし、ご主人のサーフボードにワックスをかけた。
夜、マジで「イエスタディ」を歌った。
「明日は何を歌う?」
「そうですね・・・・プレスリーの、ラブミーテンダー・・・じゃだめですか?」
「いいね、期待してるよ」
翌日は、お客さんが5人ほど来て、海が見えるベランダでバーベキューを囲む。
その前で歌った「ラブミーテンダー、ラブミースイート・・・」。

家に電話をかける。
母親が出る。
「お前、どこにいる!何やってる!仕事どうする!悪いことしてないか!・・・・」
「とりあえず、わりーことしてねーし、無事だから、じゃ」と言って電話を切る。
なんか、全部、どうでもよくなってきた。
何が正解で、何が不正解なのか、何が正義で何が悪なのか、自分の人生をどうしたいのか?何を俺は希望しているのか?
波の音が聞こえる、町外れの民宿「Beach house」で、そんなことを考え出していた。
「いつまで、いる気だ?」
「とくに、決めてはいません」
「ぼちぼち、戻った方がいいぞ」
「ここが、良くなりました・・・」
ご主人は、ビールを飲みながらこう言った。
「なあ、どこでも同じだぜ。人間ってのは、飽きる生き物なんだよ。そして、やっかいなことに欲張りな動物だ。自分の人生に意味を持たせようとする。でも実際意味なんてないんだよ。暑い夏は冷えたビールが飲みたいし、寒い冬は暖かいシチューが恋しいように、環境によって欲望は変化する。この場所は、君にとってはカルチャーショックだったろうが、君の住む町となんら変わりない場所だ。そろそろ、夏休みも終わりにした方がいいんじゃないか?」
「夏休み?」
「そう夏休みだ・・・」
2日後、俺はバッテリー交換したホンダシティーのエンジンをかける。
カセットテープが作動し、止まった時と同じ「エルトンジョン」を流しだす。
「夏休みもおわりかね・・・」
そう、独り言をつぶやきながら、車を走らせた。NEXTLIVE
インフォ・・・・中島美嘉、綾香などのカバーしているバンドでドラマー募集しています。掛け持ちOKということなので、お気軽にメールでもください。
BYナリハラ
2008年07月02日
First Guitar Story
ギター名称 ヤマハ F-180
言っておきますが、俺の話ではないんで、あしからず・・・。
1976年夏。
17歳の少年は、ギターがほしくてほしくてたまらない。
授業中も、食事中も、入浴中も、はたまたトイレにてクソする時でさえ、ギターのことを考える。
ギターを抱え、ネックに左腕をまわし、ライトゲージを指で押さえ、コードネームC7をかきならす自分を想像する。
友達や好きな女の子の前で、ギターを爪弾き、歌を歌う自分を想像する。
教科書の1ページから63ページまで、余白には様々なギターの落書き。
この時の彼の人生は、ギターを想像するために存在したといっても過言ではない。
1976年・・・・少年たちは手入れをしない髪を伸ばし、つぎはぎのジーンズに下駄を履き、喫茶店でコーヒーを飲み漫画本を読んだ。テレビではピンクレディーが軽快なステップを踏みながら歌い、映画館では「ジョーズ」が大口を開け、一世を風靡した政治家に手錠がかけられ、のちの世界的娯楽文化に発展する「カラオケ」が産声をあげ、絶対的不利の予想を覆しボクシングの「具志堅」がチャンピオンをリングでひざまずかせ、日曜日20:00からの「俺達の旅」で最後に流れる「詩」の一説一説に共感し・・・・・・、眠れぬ夜には、深夜放送パーソナリティー「吉田拓郎」が「南こうせつ」が人生を語り女を語る・・・・1976年とはそんな時代だった。
彼は金がなかった。
彼はとある工場で夏休みにアルバイトをする。
その工場ネームは・・・・・ずばり・・・・ザ、飛騨産業だ・・・・。
彼は朝8時にタイムカードの「ガチャ」という音から管理される。
管理という名の奴隷を演じる。
しかも8時間。
彼は、塗装前の木製部品を研磨用ペーパーで磨き、そしてまともに匂いを嗅いだら「いっちゃいそうな」シンナー&塗料のブレンド液を塗り、あるときは各部品をエアータッカーで打ちつけ、輸出用製品に「アリゾナ」「オハイオ」などと刻まれたゴム印を押し、生産ラインのゴミくずをゴミ焼却炉で燃やし、倉庫整理をし、タバコを買いに行かされ・・・・・くたくたになりながら午後5時を迎え、タイムカードの「ガチャ」という音と共に開放される。
開放された時、17歳と若くはあったが、少年はボロボロになる・・・・。
彼を支えたのは何か?
言うまでもない。
「ギターがほしい!」という想いだ。
アルバイトはきつく、苦痛の連続だったが、そんな時、彼はギターの事を想う、ギターを弾く自分の姿を想像する。
女の子の前で「それでは1曲やります」と言って、ギターを弾く自分自身をイメージする。
そうやって彼は、過酷なバイトに耐えた。
きっと手術の痛みを和らげる、麻酔のような効果を、ギターは彼に与えたのだろう。
アルバイト最終日。
最後の「タイムカード」を印字し、事務所にてバイト料30000円を受け取る。
事務職から「お疲れさん」と言われた言葉は今だに彼の脳裏にこだまする。
「ディレー」効果のように何回も何回も・・・・「お疲れさん」「お疲れさん」・・・・・。
夏休みも終わりに近ずき、彼は父が運転する車で名古屋へ。
父親が名古屋で用事があったために、うまい具合に、乗っけてもらうことができた。
名鉄百貨店楽器売り場にて、ヤマハF-180とビニール製のソフトケースを買う。
しめて18000円。
彼はギターを手に持ち、1976年夏の名古屋駅周辺を歩く。
人ごみと雑踏の中、一瞬立ち止まり、10秒間空を見上げ瞳を閉じる。
そして呟く・・・・「終わった」・・・・・。
しかし実際は、終りではなく、彼の音楽人生の「始まり」だった事に気づくのは、何十年も後だった。
1976年夏、少年とギターのお話「First Guitar Story」は終わります。
まだ、聞きたい人は、本人に聞くといいよ。
[カーテンコール]キャスト紹介!盛大な拍手を!
少年・・・高原しげき(喫茶ピッキン店主)
以上!
NEXTLIVE
BYナリハラ



