2008年11月08日
NO GET BACK ~夜~

秋の夕暮れは、いつだって悲しい。
しかし、これほどの、絶望感に包まれた夕暮れは初めてだ。
唯一の救いと言えば、一人ではないこと。
彼女と一緒に、山道にまぎれこんだのは、暗がりで灯す、1本のマッチのようだった。
俺と、言葉が喋れない女の子は、太陽が落ちるまで、必死にあっちこっち歩き回った。
東の草原も、西の小川も、南の岸壁も、北の広葉樹林も、その先、道らしき道は途絶え、俺たちは結局、最初に居た、頂上付近の公園らしき場所にたどり着く。
太陽は沈み、段々と薄暗くなり、俺は途方に暮れかけた。
「・・・まずいな、どうしようか・・・・」と俺は、独り言をつぶやく。
彼女は、無言のまま、水筒のお茶を差し出す。
「・・・ありがとう・・・」と言って、冷たくなったお茶を飲み干す。
「今日は、もう 動かない方がいい」
俺がそう言うと、彼女はうなずいた。
俺たちは、夕暮れの微かな明るさの中、お互いのリュックサックを確認した。
彼女は、水筒のお茶が半分、使い捨てカメラ、ポテトチップス、サンドウイッチ、ティッシュケース、化粧品・・・。
俺は、タオル、ハンカチ、ポケットティッシュ2つ、MD3枚ほど,MDプレーヤー、おにぎり2個、ストロベリーチョコ、ミネラルウオーター1本、マイルドセブン、100円ライター・・・。
100円ライター?
俺は、タバコをやめなかったことに一瞬感謝した。
「ねえ、火をおこすから、何か燃えそうなものを探そう、時間がないから早くね」
彼女はうなずいた。
集めた小枝と乾燥した葉を重ね、下に入れたティッシュとハンカチにライターで火を点ける。
俺は、そ~と、息を吹きかけ、祈るような気持ちで「点け!点け!」と、叫んだ。
彼女は、両手を胸元で重ね合わせ、泣きそうな顔になる。
「点け!点け!点けよ!バカヤロー!」
そして火は点いた。
そのささやかな炎は、彼女の顔を照らした。
彼女は笑った。
炎に照らし出された、彼女の顔は、少女のようだった。
不謹慎かもしれないけど、一瞬、遠い日のキャンプファイヤーを思い出した。
そして夜。
小さな炎は、やがて太い枝に燃え移り、『焚き火』となった。
俺は携帯電話で時間を確認、20:00をまわっていた。
携帯電話は、もちろん圏外。
俺も彼女も、時計を持っていなかったので、唯一時間を知る方法は携帯電話だ。
俺は彼女に問いかける。
「携帯持ってないの?」
彼女は首を横に振る。
俺は、メモ帳とペンを渡す。
『喋れないから、必要ないんです』と、書いてある。
「なるほど、でも、ほら、メールとかさ?」
彼女は、メモを書く。
『お店に行って、店員さんとのやり取りを考えると、買うのが恥ずかしいから』
「・・・なるほど、太った奴がスリムジーンズ買うみたいな感じかな?」
そう言うと、彼女は笑った。
「明日のために、少しだけ食べようか?」と、俺は言った。
俺たちは、おにぎりとサンドウイッチを半分だけ食べることにした。
水やお茶も、少しだけ飲んだ。
俺は、最後のタバコに火を点ける。
『遭難』したことを除けば、月も星も、プラネタリュウムのようだった。
時間はゆっくりと流れ、静寂と、暗がりと、炎と・・・・、あとは何もない。
交通渋滞も、結婚式場も、ノルマも、バーも、バス停も、ご近所も、パソコンも、壁に書かれた落書きも・・・・。
何もない・・・。
俺は彼女に問いかける。
問いかけるテーマはなんでもいい。
時間はあるし、問いかける相手もいる。
彼女も、コミュニケーションをとりたがっている。
「ねえ、音楽聴く?誰が好き?」
彼女はペンを走らせる。
『ミスターチルドレン』。
チルドレンの最後にハートマークも添えられていた。
「あっ、ほんと?、ミスチルのCD『口笛』買ったよ」
『本当ですか?良かったら、歌ってください』
「えっ、歌?俺うまくないからな・・・」
と、言ったものの、暗がりの淋しさを紛らわすために、俺は歌いだした。
「♪頼りなく、二つ並んだ、ふぞろいの影が・・・・・」と。
俺の、へたくそな歌に、彼女は少しだけ体を揺らした。
他にも、いろいろと、話したかったけど、メモ帳が残り少なくなっていた。
『残り少ないから、残しておいた方がいいと思いますよ』
そのメモを見ながら、「うん、そうしようか」と言った。
あとは、俺の問いかけに、彼女は首をたてに振るか、横に振るかだけのコミュニケーションになった。
西暦2000年は、無事にくると思う?
彼女は、首をたてに振る。
俺も、そう思うよ。じゃあ、山にはよく行くの?
横に振る。
そうなんだ。年は18歳くらい?
横に振る。人差し指を上に向ける。
19歳?
横に振る。人差し指を上。
じゃあ、20歳?
首をたてに振る。
もっと、下に見える。
彼女は笑う。
名前は?
彼女は、困っている。
あっそうかそうか、ごめんごめん。じゃ、・・・あきこ?
横に振る。
ようこ?
横に振る。彼女は笑っている。
当たるわけないよな、名前。
彼女は、小枝を、草の茂った地面に突き刺し、文字を描いた。
「えっ、何?何って書いた?」
彼女は、もう一度、ゆっくりと、『あ・ず・み』と書いた。
「あずみ?あずみちゃん?」
彼女は、微笑みながら、右手でOKサインをつくった。
24:00、彼女は、いや、あずみちゃんは眠った。
俺は、火を絶やさぬように、気をつけていたが、2:00に眠ってしまった。
3:00、あずみちゃんが俺をつっついた。
「何?どうした?・・・」
と、問いかけた瞬間、俺の胸の中に顔をうずめてきた。
俺の背中に、人差し指で『さむいよ』と、書いたような気がした。
「大丈夫だから・・・・、明日はきっと、戻れるから・・・・」
俺は、あずみちゃんを抱き寄せ、髪に唇をつけて眠った。
「・・・・きっと・・・・戻れるから・・・」
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Posted by PSPスタッフ at 12:00│Comments(2)
この記事へのコメント
「俺は、あずみちゃんを抱き寄せ髪に唇をつけ…」おぉっ!来たぞ、きたゾ!眠った…って?もーぅ、なんだよーぉー。ナリハラさーんドキドキさせておいて寝てしまったんですかぁ〜。次は、「夜明け朝編」に期待。誰も居ない山の中だからねっ!ナリハラさん(笑)
Posted by 古川やんちゃ at 2008年11月08日 12:20
古川やんちゃさま
かんべんしてくださいよ。一応、その、『エロ』関連ではないんで、でもまた、むちゃくちゃ『エロ』も・・・・ヒダッチブログ追放的なのも、いいかなと・・・。
かんべんしてくださいよ。一応、その、『エロ』関連ではないんで、でもまた、むちゃくちゃ『エロ』も・・・・ヒダッチブログ追放的なのも、いいかなと・・・。
Posted by narihara at 2008年11月08日 16:30