QRコード
QRCODE
アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 4人
プロフィール
PSPスタッフ
PSPスタッフ
オーナーへメッセージ
Sponsored Links

スポンサーリンク

この広告は一定期間(1ヶ月以上)更新のないブログに表示されます。
ブログ記事の情報が古い場合がありますのでご注意下さい。
(ブログオーナーが新しい記事を投稿すると非表示になります。)
  
Posted by at

2012年04月27日

ゴールデンウイーク突入



さて、ゴールデンウイークに何をするか?どこに行くか?
そんな、計画がまったくない、今日現在です。
でも、なんか、うれしいですね。
この、お休み前の、雰囲気って言うか、「・・・あ~、今夜遅くまでDVD見て、ビール飲んで、ウイニングイレブンして、そんで、明日は午前中寝てよ~っと・・・」と、思える休み前って、幸せですよね。
子供の頃は、休み前なんて、最高に幸せでしたね。
大人になると、休みの日でも、状況によって、仕事の電話があったりして、現実に引き戻されることもあるけど、でも、休み前っていいよな~。



2年程前かな?
ゴールデンウイークに東京に行った時、東京に帰る人達?の渋滞にはまった事があって、あんとき思いました。
『二度と、ゴールデンウイーク中は、どっかに行かないぞ・・』と。
半端ない渋滞だったんで、むちゃくちゃ、嫌でしたよ。





たぶん、観光地と言われる場所は、半端なく混むでしょう。
例えば・・・・、横浜中華街、とか、軽井沢、とか、長嶋スパーランド、とか、そうそう、定番ディズニーランドなんて、死ににいくようなもんでしょう?
トイレは入るのに、30分待ちなんて、考えられませんよ。



やっぱ、近場ですよ。
城山公園とか・・・。
いや、城山にしても、車は止められないような気がするね。
じゅ、どこだ?
う~ん・・・・、まっ、とりあえず、飲みに行くってことで。



けっきょく、『飲みに行く』ってことになるわね~。
街で会ったら、よろしく。



そうそう、昔、組んでたバンド『D.F.RANK』の、セッション会やるんですよ。
ゴールデンウイーク中に。
そのくらいですかね。



皆さん、事故のないように、楽しんできてください。
よき、休日を!












BYナリハラ  
Posted by PSPスタッフ at 11:00Comments(2)

2012年04月25日

14歳、GOROが欲しくて・・・。



昔は今より、幸せの基準値が単純だったように思う。
『腹いっぱい、バナナ食べたい!』とか
『学校サボって、1日中寝ていたい!』とか
『夜通し、ビートルズを聴いていたい!』とか。
シンプルな、幸せの基準ってのがあった。
そして、男の子全員の幸せの基準ってのが、『エロ本が欲しい!』ということだ
『買えばいいじゃん…』と、簡単に思うかもしれないけど、それがそれが、一筋縄ではいかないのが、70Sの14歳ってやつだ。
友達の一人は、本屋に買いに行って、おばちゃんに『・・・子供には売れないね~…』と言われ、逃げる。
友達の一人は、岐阜まで買いに行って、『・・・君、どこの中学だ?・・』と言われ、逃げる。
友達の一人は、エロ本を手に取った瞬間に、対面に先生がいて、逃げる、全力で。
と、まあ、14歳の悪戦苦闘は続いたわけだ。
14war
で、昼休みに、作戦会議だ。
『・・変装するべきだろう。お父さんのコートに、ベレー帽かぶれば、大人に見えないかな?』
『・・参考書2冊の間に挟んで、買うんだよ。そうすりゃ、何とかなるんじゃない?』
『・・金出して、誰かの兄貴に頼もうよ。それが、無難だよ…』
などなど、知恵を出し合う14歳
人間の原点は、考え、知恵を絞り、勇気を持って実行。
この定義は、今も昔も変わらない・・・。
『・・ようするにさ…』と、知的な友達は言った。
『ようするにさ、売ってもらえるエロ本を買えばいいんだよ
まわりは、キョトンとしている。
『・・・どおゆうこと?・・』
『つまり、今の僕たちに、団地妻真昼の情事、や、エロトピア、や、SMスナイパー、を、買うことはできない。それは、大人になってからの楽しみにとっておけばいいんだよ。今は、ランクを落として、・・・・例えば、GOROなんか、売ってもらえるんじゃないかな?
『GORO?』
そう、GORO

早速、お金を出し合い、本屋に行きじゃんけんをする。
誰が買うか?決めるためのじゃんけんだ。
O君が負けて、『・・じゃ、行ってくるよ・・』と、シャイな微笑を浮かべ、本屋の中へ。ほかのメンバーは、外から見守る。
O君がGOROを手に取る。
レジに向かう。
おばちゃんに、GOROを差し出す。
おばちゃんは、GOROとO君を交互に見つめる。
しばし、沈黙。
その沈黙に、耐え切れなくなったO君が、なぜか笑う。
それにつられて、おばちゃんも笑う。
『・・・しかたないね~、じゃ420円・・』と、おばちゃんは、すべてを悟ったように、GOROを売ってくれた。
俺たちは、そのまま城山公園のベンチへ。
GOROを、代わるがわる見た。
巻頭カラーは、アグネスラムの超ビキニショットだ!
『ウオ~!』『ワア~!』『ヘエ~!』などと、スタンダードな感嘆詞を並べ、勝利の美酒に酔った。
14歳の少年たちは、大人への階段を、確実に一歩上がった、言うなれば、小さな独立記念日ってとこだろう。
予断になるが、全員、まだ包茎のペニスをピンピンにしていたのは、言うまでもない。
あの痛みは、今でも忘れない・・・・。






さて、GOROはOKってことで、もう、一人で買いに行けるわけで、毎月買いに行きましたね。
1年くらいたつと、本屋のおばちゃんが、『・・・GORO入ってるよ・・』なんて、声をかけてくれて、こっちも照れくさいんで、『・・違うんです。数学の参考書を・・・』なんて、嘘ついたりしてね。
おばちゃん、そっとしといてくださいよ・・・・。
14歳は、まだまだ、やわらかく、傷つきやすい年頃なんですから・・・。


と、そんなことを思った、14歳でした。












BYナリハラ  
Posted by PSPスタッフ at 10:49Comments(4)

2012年04月23日

男が飲みに行く理由






男はどうして、お酒を飲みに行くのでしょうか?
家で、ウイスキーでもウオッカでも焼酎でも、飲めばいいのに。
そのほうが、安く上がるし、帰りのタクシーだって、気にすることもない。
酔っ払ったら、そのまま寝ちまえばいいわけだし、お酒が飲みたければ、家で飲めばいい・・・・。
と、言う、簡単なもんでもないんだな、これがさ






男が、スナック、ラウンジ、クラブ(お姉ちゃん系)に行くには、それなりの理由がある。
ひとつには、『お姉ちゃんがいる』からだ。
お姉ちゃんに、カウンター越しに会って、お話をするため、だ。
『・・久しぶりね、ずいぶん来てくれなかったから、淋しかった・・・』などと、たとえ営業的微笑みであっても、悪くないはずだ。
たとえ、その言葉に、リアリティーがなくても、嘘とわかっていても、『うれしい』だろうね、男は。




例えば・・・・。
家庭で、居場所がないお父さん
妻に、いつも馬鹿にされるお父さん。
靴下やパンツは、ぼろ雑巾と一緒に洗濯され、風呂も一番最後にされ、妻の間違いを正すこともできず・・・いや、もし正したとしたら、不機嫌の嵐が家庭内に吹き荒れる・・・だから、黙っている、お父さん。
ベトナムのゲリラ地帯のような、神経戦によって、気は休まることはない。
否定が渦巻く家庭内において、存在価値を見出すことは、もはや至難の業だ
だけど、毎月、給料を持ってくるお父さん・・・・。
お父さんに、敬礼!





とまあ、そんな、お父さんが、スナックに行って、例え営業的おべっかとしても、肯定されればうれしいものだ
『・・・お仕事大変ですね、立派ですね・・』
『・・・ゴルフをやられるんですか?こんど、教えてもらいたいな…』
『・・・もう、帰っちゃうんですか?もっと、いてほしいのに・・・』
などなど、そりゃ、うれしいだろうさ。
だって、家じゃ、ぼろ雑巾なんだから。
お父さんは思う『この、お姉ちゃんと付き合いたい!』と。
しかし、実行に移す勇気はない。
お父さんは、こう思う。
『・・・いいさ、この店に来て、ウイスキーでも飲めれば、それでいい。あの子が、俺を肯定してくれたら、それでいい・・・・』
ひと時、存在を肯定されたならば・・・・また、家庭で、妻のぼろ雑巾役をやれる気がする・・・。







こうして、男は、今夜も夜の街に出かけてゆくのです。
『自民党は、審議拒否なんてことしていると、次も政権が取れないんじゃないかな?』
『・・・私も、そう思う。あなたと、考えは一緒よ…』
と、そんな、一瞬の肯定を求めて













Byナリハラ  
Posted by PSPスタッフ at 11:51Comments(0)

2012年04月20日

Twiggy‘S mini skirt





1967年、東京羽田に降り立った、一人の英国女性、それが、Twiggy(ツイッギー)だ。
キュートで、シャープで、トレードマークは、mini skirt(ミニスカート)だ。
この年、日本のカルチャーは、大いに刺激を受ける。
この、ツイッギーの来日により、ズボンや長くダサいスカートを脱ぎ捨て、ミニスカートをはいて、街を闊歩しだしたんだ。
それまで、タブーとされていた、『女が足を出すなんて、なんてはしたない・・・』という、戦後PTAだた日教組だかの、くだらねえ概念を、見事に打ち破った。
当時の、お嬢さんたちは、家で言われただろう。
『・・おい、なんだ、そのスカートは?!みっともない!そんな姿で、家を出ちゃいかん!!・・』と。
いつの時代でも、親父やおふくろ達は、口を出したがる
自分の、価値観を子供に押し付ける。
しかも、むちゃくちゃ、だっせー価値観を、だ。
当時の女の子は、戦っただろう。
1967年だ。
『ミニスカートで、どうして悪い?・・・』と。
そして、勝ち取っただろう。
自分の好きな服を着ることの自由を、親が「こうだ!」と、押しつけてくる矛盾じゃなく、自分が「こうだ!」と、思ったことに対する、己の行動の自由を、勝ち取った!!痛快だぜ、こおゆうの。
俺、好きだな~・・・。


話はそれたけど、こうやって、ミニスカートは、日本にやって来た。
ピチカートファイブが、♪『ツイッギーのミニスカートで・・』と、歌ったのは、Twiggyの事だからね・・・・念のため。



さて、当時の女の子たちがミニスカートをはいたことによって、露出された『足』。
足フェチには、『待ってました!』だったのだろうか?
いや、答えはNOだ。
残念ながら、当時の日本女性の足は、まだまだ、太く短く・・・・ようは、スポイルされていなかった。
足を見て、足だけで、足フェチの人が、マスターベーションできる時代は、残念ながら、まだまだ先だ。
ツイッギーをまねて、はいたものの、ミニスカートは、SEXYという感じでもなかったんだろうね。
これはようするに、女の子たちのカルチャーに対する挑戦の、第2章。
じゃ、第1章は?
前年の、ビートルズ来日でしょう。
『・・・ビートルズなんて、けしからん!・・』
『・・・もう、私の事は、ほっといて!・・・』
その時も、家庭内で、女の子たちは戦ったことでしょう・・・・。



70Sになると、スカートがロングになる
超ロングだ。
生地が、足首まであるような、マキシかな?
デビュー当時の、ユーミンなんかが、こおゆう感じなのをおぼえている。
足は隠れてしまったけど、インテリジェンスが漂っていて、『・・悪くないよな・・』と、子供心に思いました。
マジで。



80Sは、この人でしょう。
森高千里。

彼女が、完成形ですね。
80Sの女の子は、そうとう、体系的にもスポイルされて、もう、十分に『おかず』にできる域まで達していたね。
おいおい。


まあ、 mini skirtは、Twiggyが、もたらして、森高千里が完成させた、と、俺は勝手に思っている。


今は、プリティーな mini 全盛だろうけど、再びロングが来ても、斬新でいいんじゃねえかな?と、思ってしまう。


よく、親父が、『・・・スピーチとスカートは、短いほうがいいので、短めに話します・・』などと、おもしろくない挨拶をするけど、そんな年寄りにならないように、気おつけよっと・・・・。








BYナリハラ



  
Posted by PSPスタッフ at 10:23Comments(0)

2012年04月16日

BIBLE



確かに、戦争中よりははるかに良い。
例えば、アフリカや東南アジアの、貧しい国に比べれば、裕福この上ない
メシは食える、屋根はある、布団もある
携帯もある、パソコンもある、車もある、ストーブも冷房も一応ある。
ようは、恵まれている。
この現状を、恵まれていないとしたら、『恵まれている』という定義自体が、崩壊の一途をたどってしまう。
我々は、日本は、この町は、私は、恵まれているのだ






『・・・だけど、好きな女をものにできない。それに、給料だって安い。残業ばかりで、家に帰って寝るだけの生活だ。こんな俺は、恵まれていない・・』と、君は言うかもしれないけど、それは間違えだ。
給料が安かったら、今の会社を辞めて、自分で何かを起業したらどうだろうか?
自分の甲斐性で好きなだけ稼ぎ、人を雇って仕事をさせ、楽をすればいい。
好きな女の子もきっと、振り返ることだろう。
つまりは、自らがのしあがる自由は、認められている
己に、甲斐性があるかないかは別としても、自らがのしあがる自由は、認められているんだ。
これは、恵まれているってことだろう。
もし、おとなりの、某国家に生まれたならば・・・・。
そう考えると、幸せなのだろう。




そんな、恵まれているこの国で生きるのも、けっこう大変だ。
『食えりゃ幸せ』というレベルでは、満足しないからだ
見栄を張り、プライドを掲げ、ステイタスを追及し、『・・おたくのお子さんは、どこの幼稚園?あっそう、うちは有名私立幼稚園・・』的な勝利を、特に女性は求めだす。
そのために、男の尻を叩く・・・『もっと、働け!もっと、稼げ!』と。
そう考えると、この国で生きるのも、大変だね、まちがえなく。





こんな、不条理にあふれている現代において、必要なのがBIBLEってわけだ
言っておきますが、宗教支持ではない。
宗教的意味ではない。
個人個人が、それなりの価値観の中で、出会った、本、映画、音楽、信頼できる人の言葉・・・などが、BIBLEとなる
その昔、尾崎豊のメッセージは、ティーンのBIBLEだっただろう。
その昔、暴走族系のチンピラ達のBIBLEは、矢沢栄吉の書籍『成り上がり』だったのは、まちがえない。
映画『ロッキー』を、リアルタイムで見て、人生観が変わった人も多数いるだろう。
ようは、心の支え、辛い時迷った時の、道しるべ的役割、それがBIBLEだろう。
これは、持っておいたほうがいい。
じゃないと、不条理につぶされちまうからね。




『ショーシャンクの空に』という映画は、俺にとってはBIBLEなのでしょう。
必死に生きるか?必死に死ぬか?どっちかだ・・』なんて、答えようがない表現だね。









BYナリハラ  
Posted by PSPスタッフ at 10:46Comments(0)