2011年04月08日
FIRST LOVE

60歳男性、会社役員、妻と子供二人、そして孫が一人、趣味はたき火。
彼が、初恋について語る。
「ずいぶんと、遠い昔の話になるけど・・・いいのかな?」
「ええ、どうぞ、遠慮なさらずに・・・」
彼は、語りだす・・・・。
「昭和でいうと、38年?39年?かな?西暦ならば、1964年だろうな。そうそう、ちょうど東京オリンピックの頃だったよ。街も人々も企業も、みんな元気で活気に溢れていた時代だったな」
「・・・その頃は・・・中学生?ですか?」
「そうだよ。俺だって中学校の頃があったんだ。14歳だった。まあ、今の中学生みたいに、きれいじゃないし・・・なんていうのかな?坊主刈りだし、学生服はつぎはぎがしてあるし、暗いし・・・」
「・・・ダサかった・・・ってことですか?」
「うん、そうだそうだ、ダサかったんだよ。とんでもなくダサかった・・」
「・・・へえ~・・・なるほど・・」
「そんなダサい田舎の14歳にも、好きな子ができたんだよ。笑っちゃうだろ?」
「いえいえ、どんな子だったんですか?」
「クラスメートでな、というか、途中で転校してきたんだよ。北九州からの転校だった。その子が教室に入ってきて、空いている俺の席の隣になったんだ。先生にも、お決まりのセリフを言われたな『おい、わからないことがあったら、隣の〇〇に聞くように…』てな」
「きれいな子だったですか?」
「うん・・・きれいな子だったな。俺たち風に言うならば、べっぴんさんだったな」
「タレント的には誰でしょうか?」
「・・・吉永さゆり・・・と、自分的には思っている」
「なるほど、イメージつかめます」
「その子は、無口な子だったよ。いや、無口と言うより、あまりしゃべろうとはしなかった。九州なまりを気にしていたんだろうね。俺も俺で、ダサい田舎の14歳だから、緊張してしゃべられない。『・・・理科の教科書14ページからだから・・・』っていうと、『・・・うん・・・』って返ってくる。それだけ」
「情景が浮かびますよ」
「俺としては、まあ、今だから言うけど、もう、初恋の一目惚れ。もちろん、その当時はわからなかったよ.、それが恋なのかどうか?家帰って、味噌汁飲むときに『ジ~ン』とくる、その刺激の意味や、ラジオから流れてくる、『ヘイポーラ』で枕を抱きしめる行為の意味、休みの日に意味なく彼女の家の近くを、行ったり来たりする意味」
「・・・恋ですね・・・まさしく・・・」
「今の子供たちだったら、うまく、スマートに自分の想いを伝えるんだろうけど、1964年の14歳には不可能だったな・・・」
「じゃあ、何も言わずに終わったんですか?」
「いや・・・一回だけ・・・言おうとしたことがあったんだよ」
「はい・・・」
「キャンプでやるオクラホマミキサーって知ってるか?」
「はいはい、輪になって、男女ペアで踊るフォークダンスでしょ?」
「そうそう。キャンプファイヤーを囲んでそれをやっている時に、彼女と踊る順番が近づいてくる。そして彼女が俺の前に来る。そこで、終わったんだけど・・・」
「彼女と踊れなかったんですか?」
「ああ、でも、彼女がその時、小さな声だったけど、確かにこう言ったんだよ『・・・残念・・』って」
「『残念・・』ですか?」
「ああ、確かに聞いたんだよ。空耳じゃない。確かだ」
「それで?」
「俺は、勇気を振り絞って、彼女に話しかけた。『ねえ、今、言ったこと?・・・』と。その時、キャンプファイヤー終了のアナウンスが響き、女友達が彼女を囲み、俺も友達に、『なあ、テント行って寝ようぜ』と言われ、ごっちゃになって、話ができなくなったんだよ」
「その後は?」
「いや」
「なぜですか?」
「ハハハ、そんな勇気なかったしな。何回も言うけど、1964年の14歳は、恐ろしく不器用で、ダサかったんだよ」
「その後は?」
「彼女は、中学3年になると転校していったよ。『みなさん、ありがとう』って挨拶して」
「そうですか・・・残念だったですね・・・」
「まあ、残念といえば残念だけど、初恋って、そんなもんじゃないかな?不器用で、卑屈で、打ちのめされて・・・。だけど、想いだけは募るみたいな感じでさ。年を取るにしたがっていい思い出になってゆく。それが、初恋のいいところだよ。『・・・残念・・・』って言葉、俺の中じゃ今でも宝物だよ・・・」
彼は、遠くを見つめた・・・。
その先にはきっと、1964年があるのだろう。
「高校へ行ったらどうでしたか?」
「ああ、髪も伸ばして、女の子ともデートできたよ。デートって言っても、公園でソフトクリーム食べるくらいのものだけどさ。でも、14歳のあの経験があったからこそ、女の子に声をかけられたんだと思うよ」
「最後に、彼女の名前を教えてもらってもいいですか?」
「ああ、『和子』だよ。いい、響きだろ?」
「和子さんも、どこかの町で60歳になっているんですね?」
「いや・・・あの子は14歳のままだよ・・・俺の中ではな・・・」

BYナリハラ
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Posted by PSPスタッフ at 09:46│Comments(0)