NO GET BACK ~Reprise~
あれからしばらくして、1週間ほど40度近い高熱にうなされた。
昼夜問わず、浅い眠りを繰り返し、様々な『夢』を見た。
あの山小屋・・・黄色のバイク・・・バイクに乗ってピースする義男君と孝子さん・・・焚き火が照らしたあずみの顔・・・1970年の缶詰・・・サイケデリックシンパシー・・・水しぶきが上がる大滝・・・民宿光屋のラーメン・・・浴衣姿のあずみ・・・・・・・・・・・・・・。
夢から覚めると、汗。
そんな繰り返しで、2キロ痩せた・・・。
それが過ぎると、普通の生活が待っていた。
俺は、仕事に行き、終わると、同僚とビールを飲み、部屋に帰って眠る。
合コンにも2回参加した。
アルコールも入り、男女問わずジョークを飛ばし、笑い声が絶えない。
そんな時、ふと、あずみを思い出す。
『彼女は、合コンに参加したことはあるのだろうか?』と。
『彼女は、合コンで、ちゃんと会話に参加できるのだろうか?』と。
俺は、ビール片手に、盛り上がる女の子たちを横目に、そんなことを考えていた。
クリスマス。
行きずりの女の子とセックスをした。
事が終わってから、彼女は携帯で喋っていた。
「うん・・・だからさあ・・・そうそう・・・・あの、おじん!・・・さいあく!・・・・八八ハ!・・・でも、金は持ってるみたいよ・・・・うざ・・・でもさ・・・・・やべーよ・・・ハハハ!・・・・」
俺は、眠ちまう。
朝、女の子は、俺の財布の札と一緒に・・・・消えた。
『あずみも、朝、いなくなったっけ・・・・』
俺は、ホテルの代金を、カードで支払った。
そして、21世紀は始まる。
『ノストラダムスは空振りに終わったみたいだよ・・・義男君と孝子さん・・・・』
1月3日。
俺は、車を走らせる。
埼玉県所沢市へ。
サイドシートには、『あの日記』と『カセットテープ』。
カセットテープ?
そういえば、まだ聞いていなかったな。
俺は、車の、カセットレコーダーに入れる。
内容はアルバム『LET IT BE』だった。
テープの一番最後に、彼らの声。
『録音しま~す。・・・たかこ・・・・こっちこっち・・・えっ、何?録ってるの?いや~だ・・・・』
それだけ。
ボイスオブ1970.
たった、これだけだったけど、『仲良し』だったんだなと思う。
日記の最後に書かれた住所に、『田所塗装』は存在した。
1970年のペンキ屋さんは、塗装業者に進化していた。
田所義男君の弟さんがあとを継いでいるらしい。
俺は、義男君のお母さんに会うことができた。
俺は、なるべく正確に、ゆっくりと、事の成り行きを話した。
お母さんは言った。
「知ってますよ。去年の暮に、女性の方が来ましたよ。言葉が喋れない方、あの方が、文章で細かく伝えてくれましたよ」
「・・・あずみ、という女の子ではなかったですか?」
「そう、あずみさんね」
俺は、日記帳を手渡した。
お母さんは日記を見ながら言う。
「もう・・・30年前の事だから・・・あの時・・・孝子さんの病気の事で、二人の交際を反対しました・・・健康な人と一緒になりなさいと、お父さんと一緒になって、随分と言ったんです・・・今にして思うと・・・」
お母さんは、最後に貼られている写真を見ながら泣いた。
「義男、孝子さん・・・ごめんなさいね・・・・」と言いながら泣いた。
田所塗装を出る時、お母さんが手紙をくれた。
「あずみさんからですよ・・・もし、男の人が来たら、渡してくださいと頼まれました」
俺は、車の中で手紙を見る。
こう書かれていた。
『会いに来てくれるかな?富山県氷見市・・・・障害者作業施設コスモファクトリー あずみ』
俺は時間を見る・・・18:20.
車を発進させる。
「高速のインターどこだよ?!・・・前の車おっせーな・・・俺、急いでんだよ・・・」
入れっぱなしのカセットテープから『GETBACK』が流れる・・・。
23:30.
コスモファクトリー到着。
当たり前の話だけど、この時間やってるわけがない。
敷地の端に、社員寮がある。
俺がドアをノックすると、車椅子の女性が出てきた。
「あの~、どちら様ですか?」
「こちらに、あずみさんはいますか?あの・・・20歳で・・・でも、もっと若く見えて・・・赤のダウンジャケット着てて・・・・」
「フフフッ・・・、いますよ」女性は笑っている。
車椅子の女性は、「こっちこっち」と、手招きをして俺を誘導する。
「お待ちかねですよ・・・どうぞ、ごゆっくり」と、意味不明の言葉を残し、車椅子とともに去って行った。
俺は、ドアを開けた・・・・。
何をどう話していいか、わからなかった。
「民宿のラーメンうまかったね?」と、俺は言った。
あずみは、自分のノートに『あずみは、とん汁のほうがおいしかった』と書いて見せた。
~沈黙~
「21世紀はちゃんと来たね?」
『新しい時代の幕開けだね』
~沈黙~
なかなか進まない言葉とメモのやり取りに、俺は少しあせった。
けど、言わなきゃいけないことがある。
「ねえ、俺と、ちゃんと付き合ってもらえないかな?・・・二人の出会いは『遭難』だったけど・・・』
あずみは、ペンを走らせる。
『喋れなくても平気?』
俺は言う。
「口うるさいのは、もう、うんざりなんでね」
あずみは、笑う。
あずみは、1枚の写真を手渡す。
「・・・あっ、そういえば、撮ったね、写真」
俺は、写真を見る。
俺とあずみの後ろに山小屋・・・・・山小屋の隣に・・・・義男君と孝子さん・・・・しかもピースしている・・・・。
俺は唾を飲み込む。
「ピースしてる、心霊写真、始めて見たよ」
あずみはペンを走らせる。
『心霊写真じゃないよ、4人の記念写真だよ』
先のことなんかわからない。
21世紀がどんな時代になるのかもわからない。
ただひとつ、ただひとつ、言えることは、確かなことは、俺はあずみを必要とし、あずみは俺を必要としている、とゆう事だ。
俺は、今度こそ、彼女を抱こうと思う。
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