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2008年05月03日

ライブスペースヒストリー~その2~


先日、ライブスペースヒストリー~その1~で、「この場所を忘れちゃいけないよ」コールにお答えして、追加で2つ。

市民会館・・・今の福祉センターの場所にあった。昔の中学校の体育館といった作りで、ドラム親父さん率いるCASが良く使っていたと思われる。俺、ここでのライブを見たことないんですよ。あと、「井上陽水」や「あのねのね」なんかも、ここでやったと、先輩方から聞きました。陽水はギター1本のスタイルだったらしいけど・・・、今考えるとすげー。よく来たね・・・こんな田舎ね・・。

あんきなハウス・・・非常にとてつもなくマイナーな場所。まあ、いいか・・。千島町にあって、2Fが会場・・・っていうか、う~ん、子ども会なんかをやるようなスペースって言うべきか・・。高校の卒業ライブここでやりましたよ。「横浜銀蝿」「キャロル」を中心に・・・だって、そこらへんやらんとさ、客が盛り上がらんのよ・・わかる?部屋はスモークルームとなりました。合言葉は「そこんとこ・・よろしく・・」わかるかな~、そおゆう時代だったんだぜ。


さてさて、前回、キングオブライブハウス「BUDS]まで、ご紹介しました。BUDSは2002年か2003年まであって、ラストナイトはバンドで出ました。ライブの途中で、その場所を管理運営してきた下手さだきち氏を、ステージに上げ、適当に感謝状を読み上げ、愛染恭子ヘアヌード写真集を、記念品として渡しました。やさしいでしょ。なぜ、愛染恭子かというと・・・インパクトあるかな?って思いましてね・・・さだきちくん「ありがとうございます」とは言ったものの、本当はいらなかったんじゃないかな?・・・目が迷惑そうだった

そんなかんなで、BUDS以降のライブスペース、思い起こしてみようではありませんか・・・。


ディスコドラゴン・・・朝日町のビルの3F.ちょいときな臭い香りのするこの場所は、ライブハウスというより、「クラブ」だった。OYさんが取り仕切り役であり、BUDS無きあとさまよえるバンドマン達はこの場所を選び、様々なライブを行った。ここはクラブであり、ようするにバンド機材、音響機材が無かったため、全部階段で上げ、終わったら、全部下に下ろした。すげ~えらかった。けど、「やりて~」って気持ちが勝ったのでしょう、いろいろとライブありましたね・・。

パークボウル内ライブスペース・・・2箇所あった。1つは入ってすぐの場所。W君が仕切り役でライブが行われた。俺は、ここは行ったことないんで、よくわからんのですが、少しの期間だったよね・・。そして、奥の方には、相当広い会場があり、ステージもあり自動収納型の椅子(?)もあり、ここでもライブやってたよね。たしか、窓口はカンタロー氏だったと記憶。

国分寺通りの2Fのお店・・・名前が思いだせん。M君がなぜか始めてしまって、そのままドロンという、瞬間的ライブハウス。
コメントのしようがないな~。



STRAWBERRY FIELDS・・・

俺がやりました
2005年1月~7月。人生の中で、なかなかできる事ではない経験をここではした。いい事も悪いこともひっくるめてね・・・。
ちょっと、言わせてよね。
長いけどさ・・・。
ウイスキーでも飲みながらね・・・。

2004年暮、ディスコドラゴンが撤退した跡は、そのビルのオーナーが「レンタルスペース」として、運営していた。
その場所でライブを計画、オーナーさんとの打ち合わせの席で、俺は聞いた。
「この場所をでライブハウスとして、お借りすることは可能でしょうか?・・・」
話は面白いように進み、2005年1月オープンとなる。
当時の俺は、もちろんバンドはやっていて、BUDSをはじめ、ライブスペースもいくつかステージに立ち、多少なりとも知識はあったような気がする。
しかし、不安が先にたつ
なぜか?
戦場に例えるなら、俺は銃撃戦をやっていない。確かにいくつもの戦場を見てきたし、通過もした。でも、弾を撃ってない・・。
そこで、BUDS経験者さだきち君を引き込む
システムを決め、レイアウトをどうするか決め、それらの費用をはじき出し、オーナーとの家賃設定から、抱え込むリスクについての受け答え、そうそう食品衛生の許可、消防の許可、警察の許可(最終的には警察は報告のみでOKだった)、ドリンク類の講習・・・そして、オーナーとの契約・・。

やれやれ、第一関門突破。

ここで、その後を暗示する、いや~な出来事があった。
まずは、下のお店にも挨拶に行こうとなり、Kというお店に・・・。
「1月から、3Fでライブハウスをやらせていただきますので、よろしくお願いします。どうか、仲良くしてください」
しかしKのママさんは、
困ります・・、上で、そんなうるさいことをやられては困ります・・」
彼女は、以前にあったディスコドラゴンが、頭をよぎったのだろう。
その場は、なんとか雰囲気を持ちこたえ、kのママさんの要望により、ステージ位置を、まったく逆サイドに変えるという案でまとまり、それからレイアウトのやり直し、照明の位置、ステージサイドの間仕切りの問題などなど・・苦労していくこととなる。

1月に入り、DJイベントを始め、オープニングアクトでは10バンドくらい出てもらって、2月もライブが入り、表立っては順調だった。
なんとかなる・・」という気持ちも、俺は持った。いや、無理やり持った。

しかし、3月4月に入り、イベントが毎週のように入るのとは逆行して「苦情」が舞い込む。
「うるさい」「部屋が揺れる」「いつまでやるのか?とっとと出行け」・・・etc.
もちろんオーナーからの苦情TELも・・。
あなたを信用して貸したのに、どおゆうこと!これじゃ嘘つきじゃないですか!・・
気分転換に外へ出る。
すると、近隣住民からの苦情。
「こんなところに、無断で車止めやがって!」
「いや、これは、我々の車ではなく・・・」と、俺が言いかけると、
うるさい!警察に電話して、パトカー呼ぶぞ、バカヤロー


俺はこのころ、ちょっとしたノイローゼだった。
自分自身に問いかけたことがある
「楽しいか?」
答えは「NO」だ。
「ならばなぜ、やる?」
「一度やろうと決めたから・・」


解決方法があるとしたら、バンドマンと音響に音をまず下げてもらうこと。
やったさ・・いいわけじゃなく。
でも、ほとんどの奴が、下げなかった。
下げるふりをする奴もいた。
露骨に嫌そうな顔をして、「こんな音じゃ自分たちの音楽が表現できない・・」と言った奴もいた。
暴れる客に対して、俺はステージで事情を話し、暴れる行為は辞めてくれと言った。
しかし、そいつらのリーダーの「かんけーねえから、やっちまおうぜ!」の一言で、よりいっそう暴れだした。
それを止めようと、割って入ったバイトのスタッフが殴られる。
店の前でたむろする奴らを注意すると、持論をまくしたてすごんでくる・・。


話は変わるけどさ、今まででも若い奴で「ライブハウス」をやりたいっていう相談とか何件かあったのね。
俺は、正直、ぜひ挑戦してほしい!で、俺が感じたことが、ノウハウの1つになるのであれば、なんなりと、すべて、話すからね・・。
確かに、音楽に携わって、お金が稼げて、サラリーマンよりかっこよくて・・。
でも、俺は、リスクを・・・大いなるリスクを抱えることから伝えたい・・。
全員とはいわないけど、バンドマンは、身勝手であり規則は守らず権利を主張するとね・・・。

STRAWBERRY FIELDSは7月に撤退した。いや、追い出された。
失敗と言わざるおえないだろう。
失敗の1番の原因は俺の知識不足。
「話せば、コミュニケーションさえとれば、なんとかなる・・」なんて、甘い甘い
こいつらのイベントはここじゃ不可能だ・・・とか、このスペースの下のお店の振動具合とか・・・、すべて、「お話をして、誠意をつくせばなんとかなる」なんて、理想論もいいとこだ。
例えば、すごいお金かけて、完全防音、完全無振動、たむろOK, 駐車場あり・・って場所つくって、「さあ、なんでもいらっしゃ~い」じゃないと、無理。無理なんだ・・。


でも、この場所で、STAFFとして参加してくれた、栃本なお( PROJECT of PASSPORT の相棒)、中田ユウジ(今、東京)、田上やっちゃん(酒屋で久しぶりに会う)には、マジで感謝してる。最後の撤去まで付き合ってもらって・・・こんな、クソみてーな空間で、あんたらに会えたことは、俺にとって心強く、「あっ、こんな奴もいるんだな~」って思いました。
あんたらがいなかったら、俺はまったくの一人だったと思う。


結局、 STRAWBERRY FIELDSのことを長々と書いてしまいましたが、次回のライブスペースヒストリー~その3~では、現在の状況を書いてみようと思います。

焼酎にすっかな・・・。
byナリハラ
















Posted by PSPスタッフ at 21:44│Comments(5)TrackBack(0)

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この記事へのコメント
お〜、なかなか感動的な読み物になってるなー。思わず涙しちゃったよー。(T^T)
Posted by ネコ先生 at 2008年05月03日 23:00
僕もSTRAWBERRY FIERDSに
ユニオンで成原さんと一緒にやったの
覚えてます?
あの時僕はキーボードでしたけど

高校生のとき 初めて成原さんのライブを
見て演奏もすごかったんですが
ライブパフォーマンスに圧倒されて
何年かたってまさか一緒にバンドを
くむなんてって 一人で勝手に感動してたんですが
自分が昔からおもってたまんまの人で
うれしかったんですけど
あの時 大変な思いされてたんですね

でもなんとなく今成原さんがやろうと
してる意味がわかった気がします

真面目なコメントですいません。
Posted by とおる at 2008年05月04日 00:24
貴重な場所を守ろうとする人間と
そんなの関係ねぇ~って人間と
いろいろでしたね…

いい経験をさせてもらいました
ストフィーで演らせてもらった頃から
俺は逆に大人しくなった気がします
悪い意味じゃなく…

『今夜はぶっ壊そうぜ~』
なんて若いヤツのMCを聞くと
逆にぶっ壊したくなる今日この頃…

なんでも簡単じゃないですよね
Posted by ナオ at 2008年05月04日 13:14
ネコ先生様
ほんとに、泣いてくれましたか?

とおる様
ユニオンロッカーズ参加ライブの時は、ディスコドラゴンだった・・・いや、レンタルスペースかな?ストロベリーフィールズじゃなかったよ。なつかしいね・・。

ナオ様
むずかしいな・・。実体験としては、貴重だよな。その、実体験をベースに、さて、次はどうする?って感じ?明日ライブガツンとね・・。
Posted by narihara at 2008年05月04日 18:44
サダさんのエピソードに笑いそして・・・

感動!

DEATH!
Posted by ケン○コ at 2008年05月05日 12:38