2009年07月03日
よいしょ

“NEVER the LESS vol.4”
07/11(sat)
OPEN 19:30 START 20:00
adv 1,000yen door 1,300yen
《act》
〇LITTLE VOICE
〇774
そういや またまた他のイベントと被ったみたいで…
別に狙ってるわけじゃなく たまたまです たまたまです
あっち行ってから来たら ちょうどリトボかもね♪
(774 リーダー)
2009年07月02日
不機嫌な奴

その昔、名古屋のとある地下鉄の駅からタクシーに乗った。
「すいません。○○結婚式場まで、お願いします」
不機嫌なドライバーは答える。
「○○結婚式場?・・・あんなとこ、歩いていった方が早いがや・・・。ちぇ」と、ドライバーは言った。
「そうなんですか?こっちの人間じゃないんで・・・」
「あ~あ。・・・・」
「・・・・・・・・・」
車が着く。
「すいません、いくらですか?」
「メーター・・・」と言って、ドライバーはメーターを指差す。
俺は、料金を払い、車を降りる。
ドライバーは、何も言わず、走り去る。
残ったのは、「嫌~な気分」だけだった。
某温泉施設のレストランスペースに行った時のこと。
不機嫌な女店員は、団体客のオーダーを取っていた。
「ビール生中」
「枝豆」
「こっちも、生中ね」
すると、女店員はキレた。
「いっぺんに言わない!忙しいんだから!」
団体客は、苦笑いを浮かべ、怒りを押し殺しているようだった。
やがて、女店員は、ビールを持ってきて、テーブルに「バン!」と、置いた。
団体客は、何かを言いたそうだったけど、目をそらし、「触らぬ神に・・・」的な、対応だった。
決して、店内は、大して混んではいなかった。
女店員の数が少なかったのか?
何はともあれ、団体客も、隣のテーブルの俺も「嫌~な」気分になった。
20年前だったら、バブリーな時代ならば許されるであろう、こうゆうスタッフの態度。
「別に、お前に来てもらわなくても、商売は儲かっている」的な、対応。
しかし、今、この不景気の中、このような対応をする、不機嫌な人達はいるだろうな。
もし、それが、お店ならば、そうゆう人を、客と接する場所に置かない方がいい。
そおゆう人は、倉庫整理をするべきだろう。
会社の上役の方々は、考えて欲しい。
お店の、スタッフの態度一つで、すごく「嫌~な」気持ちになることをね。
俺が、行くコンビニでも、年配の男性がカウンターにたまにいます。
その人は、「ありがとうぞざいます」を言わない。
笑顔もない。
やる気も、あるように見えない。
不機嫌なまま、レジを打ち、商品を詰め、お釣りを無言のまま渡す。
たまに、ため息をつく。
どうしてだろう?と、俺は思う。
どうして、経営者は、彼を雇ったのだろう?と思う。
今は、働き口を、みんなが探している。
どうして、彼を指導しないのか?と、思う。
どうして、彼のポジションを変えないのか?と、思う。
今までの話の逆説は・・・・。
笑顔で、楽しそうで、「ハイ!」と、返事が出来て、「ありがとうございます、少々おまちください」と、素直に言える。
と、それだけで、こっちの気分は、すごく良くなる。
「また、この店、来よう」と、思う。
そして、俺も、言うだけじゃなくて、気をつけようと思う。
確かに、気分が乗らないことはある。
でも、回りに誰かいたら、その人まで「ネガティブな気分」が、うつらぬよう、その時間は責任は果たそう。
一人になった時に、グーたれればいいんだからさ。
そんなことを、考えました。
BYナリハラ
2009年06月30日
ムーンウォーカー&SEXシンボルの死

時の流れの速さを感じるね・・・。
1980年代は、つい昨日の事のように思えてならない。
様々なニュースで流れる、マイケルジャクソンのステージを見ていても、全然古さを感じない。
ボーカリストとしてのうまさ・・・あの、ハイトーンボイスは独特だし、とげもあるし、よくあんな声出せるよな。
ダンサーとしての偉大さ・・・その後、様々なダンスシーンは存在したけど、みんな彼を超えられないんじゃないかな?
どう?
それほど、「スリラー」や「ビートイット」の頃の、彼がつむぎだす『体のキレ』は、見るものを圧倒したよな。

http://projectstaff.hida-ch.com/d2008-11-21.html
去年の11月頃、このブログで書いた、マドンナとマイケルが80Sだった・・・という記事です。
しかし、残念なのは、ロンドン公演がひかえていたということ。
彼は、それに向けて、トレーニングやリハーサルをしていたということ。
個人的にも「もう一度、あのパホーマンスが見たい!」と、思っていたんで残念でならない。
しかし、50歳という年齢で、80年代のようなステージが出来るのだろうか?
ここ最近の映像を見ると、体はけだるそうであり、重そうであり・・・。
声だって、年とともに、キーが下がったり、枯れたりする。
ずーと変わらないのは、小田和正くらいのような気がするけど。
もう一度、マイケルジャクソンの、ステージ映像見たかったな・・・。
そしてもう一人死んじゃった。
ファラフォーセットだ。


40代以上の人は、よくご存知だろう。
「チャーリーズエンジェル」TV版の、初代エンジェル。
彼女のブロンドの髪、笑ったときに開く口、シャープなボディラインは、70年代後半から80年代初頭にかけて、多くの男を魅了した。
SEXシンボルだった。
あの髪型の女性は大人であり、ハードルは高く、気合を入れないと、手が届きそうもない・・・。
そんな記憶がある。
晩年の画像を見る限り、当然のことながら、年をとったけど、チャーミングさは失われてなかったように思うよ。
俺の中の、いや、多くの男性諸君の、チャーリーズエンジェルは、ファラじゃないかな?
当たり前のことだけど、人間はいつか死ぬ。
どうゆう形であれ死ぬ。
死に向かって生きる。
ではどうする?
まあ、生きてるうちに、後悔のないように・・・。
そして、その瞬間は「コロッ」と・・・。
と、考えてしまいました。
BYナリハラ
2009年06月28日
TRIP
今宵は、レゲエナイトでした。
バンドはTRIP(トリップ)の、2ステージ。
いい感じで、揺らしていただきました。
総勢10名のTRIP.
ドラム、ベース、ギター、キーボード、パーカッション、サックス、トロンボーン、フルート、と、歌。
いや~、心地よかったです。
どのポジションも、クリアーな感じでしたよ。
スタジオリハの模様・・・。
緊張感が、いまひとつの、本番前・・・。
ステージ・・・。
ゲストボーカルの、もりもアニ~・・・Voはピカイチ・・・・しかし私生活に問題あり・・・。
俺も、正直、レゲエについて語ることはできません。
たぶん、ギターは『裏で鳴らす』とか、ジャマイカやキューバぽいとか、野外はやばいとか、その程度・・・。
でも、聴いてて、ベースがすごく楽しいそうでした。
レゲエでのベースは、おもしろいんだろうな?と、思いました。
お客さんも、たくさん来ていただき、いい感じでした。
ほんと、みなさん、ご苦労様でした!
安心して、キューバに亡命してください。
プチミステリーその2・・・・TRIP終了直後、なぜか?どこからともなく、演歌が聞こえました。
しかも、最大ボリュームで・・・・。
あれ、なに?
すごく、いいタイミングだったし・・・。
あれ、なに?
まあ、寝るか・・・プリズンブレイク見てから。
BY,ナリハラ
2009年06月25日
プチミステリー

特に、上記画像は、なんら関係ありません。
あしからず・・・。
この世の中、ちょいと不思議な事件が起きる。
特に、誰が傷つくでもないし、血なまぐさいこともない。
しかし、その原因が、わからない。
つきとめられない。
断定できない。
「う~ん。いったいなぜだろう?」的な事件。
最近では、みなさんよくご存知の「空から降るおたまじゃくし」だ。

「空から、おたまじゃくしが降ってきた・・・」との、証言のもと、TV局は取材を開始した。
いろんな説がある。
鳥によるもの、竜巻や風によるもの、単純に人によるいたずら、宇宙人によるもの・・・。
TV番組のバックで流れているBGMがさ、いかにも「宇宙っぽい音楽」で、ちょっと笑っちゃったけどね。
宇宙人もそれほど暇じゃないだろうしね。
UFOがおたまじゃくしを吸い上げ、石川県の上空でばらまく・・・。
まあ、そんな「器の小さい宇宙人」は、居ないって!
そんな「重箱の隅をつっつくような宇宙人」なんて、居ないって!
宇宙人たるもの、アメリカ政府とタイマンをはるようなイメージがあるんで、石川県におたまじゃくしなんかまかないって。
実際はどうなんだろうね?
何年か前、「これこそは宇宙人の仕業だ・・」という事件があった。
「ミステリーサークル」だ。

最初は、こんな複雑な図形ではなかった。
もっとシンプルな図形だったね。
俺も、最初見たとき、「絶対宇宙人の暗号か何か・・」と、思ったもの。
これってさ、3人くらいの「いたずら」だったんだよね?
俺、TVで見たけどさ、「僕たちがやりました」って、3人が現れて、実際にミステリーサークルを作る実演をして、「ね、僕たちでしょ」みたいなさ。
真実は、俺もわかんないけどさ・・・。
その昔、1978年頃かな?「口裂け女」ってのが、流行った。
いや、流行ったっていうか、事実として伝わったって言うかさ・・。

知ってるかな?
高校生だった俺達も、マジで怖かったよ。
「口裂け女は、コートを着ていて、マスクをしていて、暗がりで話しかけてくる。口裂け女を知ってますか?って。知らないって言うと、マスクを取って、追いかけてきて噛みつく・・・しかも、高山市に滞在しているようだ・・・」などと言う噂が蔓延(まんえん)していて、正直信じちゃいましたよ。
たまり場で遊んで、暗くなって家帰るときに、なるべく一人で帰らぬよう、固まって歩いたりね・・・。
これってさ、岐阜県小坂町から出た噂が、ラジオによって広まったって言うんだけど、ホントかな?
小坂町は、あなどれない。
あと、ローカル的に言うならば、丹生川にはピラミッドが存在するとか、そうそう、神原峠のトンネルは幽霊が出る、とか、ホントかよ。
怖いじゃんか・・・。
そんなこと言うなよ。
神原峠、夜、通れないじゃねえかよ。
これはミステリーではないんだけど、小さい頃、小学校1年生かな?
西ノ一色町の「しょうたいじ」と言う、お寺?か神社?かの、階段を上がり、山の上にある境内?に行ったら、長い髪の男の人が、ギターを抱えて、淋しげに歌を歌っていた。
今、振り返って言うならば、マイナーコードでアルペジオで、悲しいフォークソング風と、言えるけど、当時、その光景が怖くて怖くて、逃げてかえりましたよ。
家に帰って「母ちゃん!へんな人が歌を歌ってる!・・」と、訴えた記憶がある。
山の中の、寺が神社の境内で、マイナー系のフォークソングは、ハードコアよりも・・・ヤバイ・・・。
BYナリハラ
2009年06月23日
村上春樹 1Q84
最初に、言っておきますが、内容については、一切書きません!
約束します。
エトランゼのドラムのリョウ君とも約束しましたし・・・。
「1Q84買った?」
「いや、まだです・・」
「俺、やっと買ったけど・・・とにかく、内容に関しては、言わないから、安心して・・・」
みたいな・・・・ね。
とにかく、この小説、よく売れている。
出版業界、久々の、ゴールデンヒット!
売れる、理由は様々なのだろうけど、村上春樹が今まで培ってきた功績が一番大きい。
「村上春樹ならば・・買う」
「村上春樹ならば、3千5百円出してもいい」
「村上春樹ならば、1千ページでも2千ページでも、付き合う」
「彼の小説ならば、読んで良かった・・・って思えるだろう」
まずは、ビックネームの小説家が、久々の長編を書き下ろし、戦略のもとに発売されたら、FANは「待ってました!」と、なるだろう。
俺も、やっと、先週の金曜日、モレラ岐阜内書店にて購入しました。
試しに、聞いてみたんですよ「1Q84]はありますか?と。
ちょうど、届いたばかりらしく、非常に運が良かった。
今、現在、200ページ通過。
とにかく、長い。
文字がいっぱい。
で、感想は?と言うと「おもしろいです」、内容は言いませんが、どんどん読めます。
読むのに、今のところ、疲れません。
つまりは、引き込まれます。「え?この先どうなるんだろう?」的な、わくわく感があり、それを、村上春樹らしく、巧みな表現方法で、デコレーション・・・といったところです。
最後まで、読んで「ジーン」と、心に響くものや、余韻に浸ることが出来たならば、「1Q84」はすごくおもしろかった!と、言えるけど、現段階では、「今のところ、おもしろいよ」って、ところです。
さて、村上春樹に関しては、俺も大好きです。
「こんな俺でも、『読書』するという行為が可能なんだ」と、わからせてくれた小説家です。
今から、25年くらい前かな?
1984年かな?・・・ん?・・・1Q84・・・ん・・・スゲ~・・・奇遇・・・。
書店に並ぶ1冊の本『1973年のピンボール』。
これが、最初でした。
村上春樹なんて、全然知らず、「1973年のピンボール」という、タイトルの響きのみで購入、見事にハマったしだいです。
文章全体に漂う、洗練された感じや、主人公の「会話のセンス」、あとHな場面でもクールに具体的に書き上げる、『逃げない姿勢』が、引き込まれた要因です。
その後、デビュー作「風の歌を聴け」・・・これは、言いようがないくらいいい!
名作「羊をめぐる冒険」・・・現実と非現実がおりなす、ある種不思議なストーリー。
「回転木馬のデットヒート」「パン屋再襲撃」「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」「カンガルー日和」「ダンスダンスダンス」・・・・・・・・・・・・・そして「ノルウェーの森」これも、大好き!って結局みんないいんだけどね。
ただし!・・・「海辺のカフカ」は、残念ながら、それほどのインパクトは俺にはなかった。
「う~ん」って感じか。
しかし、村上春樹の物語は、読みやすく、読んで良かったと、思えるものがほとんどです。
村上春樹の本を、ブックマートなどで売る気はまったくありません。
なんか「持っていたい」のです。
これは、ビートルズのアルバムにも、似た感情であり、時々引っ張り出して、中間の20ページを読んでみるだけでも、心地よい。
村上春樹以外にも、本を買って読むわけですが、途中で投げ出す・・・ようするに「おもしろくね~」といって、150ページを残して読まなかった本もたくさんあります。
これは、俺の集中力の問題か?とも、考えるけど・・・途中で、読むのが辛くなる、辛いくらいならやめればいい、じゃやめよう・・・さようなら・・・的な本。
具体的にあげるならば、村上龍「トパーズ」、北村薫「スキップ」・・・・などなど、「金返せよ」と、言いたいけど言わない。
責任は、購入者にあるからね。
「1Q84]は、まだまだ先が長いんで、「この夏のお友達」として、少しずつ進んで行きたいなと思います。
期待大!です・・・内容は、言いませんが・・・。
余談になりますが、最近、DVDがおもしろくない。
ようするに、「いい映画」がない。
「いい物語」がない。
と、こんな話を、リトルボイスVOあさのたかしくんにしたら「あれとか、見ると、ナリハラさん、はまるかもしれないすよ・・」と、紹介されたのが、「プリズンブレイク」。

サンキューね、たかし君。
君のおかげで、『ドはまり』してます。
これを見ながら、魂は「刑務所」しかも、「極悪刑務所」に、入ります。
こんどから「スコフィールド」って、呼んでください。
BYナリハラ
2009年06月21日
2009年06月18日
ギブミーチョコレート

アメリカ軍のジープが来る。
敗戦国のガキどもが群がる。
「アーユージャップ?」
GI達は、サングラス越しに、見下した視線で笑う。
しかし、敗戦国のガキどもは、笑われたってかまやしない。
腹のへり具合が、プライドをズタズタにする。
そして、唯一知っている英語を口にする。
「ギブミーチョコレート・・」
GI達は、「OK」と微笑み、ポケットから板チョコレートを出し、銀紙をむき、ひとかけらを地面に投げる。
それに群がる、敗戦国のガキども。
土にまぎれたチョコレートのひとかけらを、奪い合うように口にほうばる。
運がいいガキの一人だけが味わえる。
アメリカのチョコレートの甘さと、敗戦国日本の土の苦さを・・・・。
敗戦国のガキどもの夢は単純だ。
「腹いっぱい、メシが食いたい・・」
それだけ。
軍国主義教育が徹底され、何が残ったのか?
「腹いっぱい、メシが食いたい・・」
たった、それだけ。
『鬼畜米英』と、教えられたのに、米兵から何かを恵んでもらう。
思想も、強固な意志も、愛国心も、そこには存在しない。
存在するたった一つのキーワード。
「腹いっぱい、メシが食いたい・・」
それが、すべて。
GI達のジープは、夜の盛り場に向かう。
「ジャップガール」を、抱くためだ。
売春宿では、厚化粧の女達が、「プリーズ」「カモン」など、英単語を並べる。
GI達は、気に入った女の胸元に、1ドル紙幣をねじ込み、女の住む馬小屋へ。
女は、シミーズを脱ぎ、ズロースを下ろし、アメリカのペニスを受け入れる。
そして、アメリカのザーメンを膣で受け、日本民謡のような声を上げる。
ジャップガールは、試しに言ってみる「アイラブユー」と。
GIは、「ハハハ!・・・」と、高笑いをする。
その笑い声は、アメリカ本土にまで届きそうなくらい、でかい声だ。
そして、ジャップガールの、すすり泣く声は、日本中には届くことはない。
何人ものアメリカンザーメンを受け続けた、ジャップガールは、やがて誰の子かわからない子供を産む。
瞳がブルーだってことを除けば、誰の子だかわからない。
爆弾と機関銃で、家族を奪われたジャップガールは、ペニスから発射されたザーメンによって、家族を得た。
皮肉なものだ・・・・。
敗戦国のガキどもは、あいかわらず群がる。
アメリカ軍のジープが来るたび群がる。
運が良ければ、チョコレートにありつける。
しかし、運が悪ければ・・・・。
ジープに轢かれることもある。
右足を撃ち抜かれることもある。
最悪・・・死ぬ。
仲間が死んでも、敗戦国のガキどもは泣かない。
たった今、仲間を殺したGIに向かって言う。
「ギブミーチョコレート」と。
ガキを殺して、悪かったと思ったのか?GIは、ポケットからチョコを1枚・・・ひとかけらではなく1枚・・・地面に投げる。
いつものように、チョコレートに群がる、敗戦国のガキども・・・。
チョコレートは、粉々に砕け、土とともに、仲間の流した血と、ブレンドされる。
口の中では、チョコレートの甘み、敗戦国の土の苦さ、血のさび付いた味・・・がした。
6年後・・・。
敗戦国のガキどもは少年となり、一人の子供をいじめている。
瞳がブルーで、髪の毛が金髪の、混血児だ。
「おい、ひざまずいて、ギブミーチョコレートって言ってみろよ」
瞳がブルーの子供は、泣きながら言う。
「ギブ・・・ミー・・・チョコレート・・・」と。
敗戦国のガキどもは、チョコレートをひとかけら、地面に投げつけ、それを踏みつけて言った。
「食えよ」
瞳がブルーの子供は抵抗する。
敗戦国のガキどもは、無理矢理泥まみれになったチョコレートを、口に押し込む。
瞳がブルーの子供は、ほとんど泥となったチョコレートを飲み込む・・。
10年後・・・。
敗戦国のガキどもは、労働青年になっていた。
高度経済成長を支える労働力となっていた。
ある夜、何者かに背後から抱きかかえられ、首にナイフを突きつけられる。
そしてこう言われる。
「ギブミーチョコレートと、言え・・」と。
「ギブ・・ミー・・チョコレート・・」
「サンキュ・・・ジャップ・・」
労働青年は、のどを切られ、血の海に沈んだ。
そして、ナイフが月明かりに反射する。
ブルーの瞳が、にやりと笑った・・・・。
やられたらやり返す・・・・この言葉を実践するならば、こんなことが繰り返されるだけ。
もっと、ちがう方法があるような気がしてならない。

BYナリハラ
2009年06月16日
A LONG VACATION ~大滝詠一~

1981年初夏。
1枚のPOPアルバムが発売された。
「A LONG VACATION 」アルバムジャケットを見れば、一目瞭然のインパクト。
このアルバムに、どうゆう音楽が詰まっているのかが、一目でわかるジャケデザイン。
全10曲。
『君は天然色』から始まり、『さらばシベリア鉄道』まで、様々な良質のPOPが溢れている。
まさに、POPマジックの金字塔。
POPの持つ、さわやかさ、やさしさ、心地よい感じ、涼しげな音、楽しさ、わびしさ・・・などなど、POPマジックのすべてが詰まっていると言っても、いいんじゃないか?って、思えるほどのアルバムです。
「A LONG VACATION 」は、リーゼントロックンローラー達の、とさか頭を、洗練されたリゾートの風が揺らすようだった・・・。
この頃の、主流はROCKだった。
ロックンロール全盛だったかな?
メジャーシーンでも、アンダーグウランドでも、様々なROCKが鳴っていた。
フォークは息を潜め、ニューミュージックという言い方はされなくなり、ROCKBANDのエレキのうるささに、ボーカルの叫びが、いろんな場所から聞こえてくる。
モッズ、ルースターズ、ARB,ロッカーズ、ハウンドドック・・・・。
TVでは、横浜銀蝿、嶋大輔・・「男の勲章」。
痩せてましたよ・・・彼。
そんな、ROCKの爆音の中に、涼しげなメロディーが流れた。
「♪くちびるつんととがらせて・・・」と。
俺、最初に聞いたのが喫茶店だったけど、「な・な・なんてさわやかなんだ・・・」って、思い、アルバム購入。
その年の夏は、よく聞いた。
やっぱさ、クソ暑い夏に、エレキの爆音聞きたくないじゃん。
だって、暑いもんね。
この「A LONG VACATION」は、クソ暑い夏に、南から吹くかわいた風、もしくはビーバーエアコンの冷気を彷彿させた。
「なんて、心地いいんだ・・・」みたいなさ。
収録曲は、全曲完成されている。
すて曲はないんじゃないかな?
中でも『雨のウエンズデイ』と『恋するカレン』が大好き。
『雨のウエンズデイ』は、淋しげな雰囲気で、泣きたいような気持ちにさせる曲。
『恋するカレン』は、POPの王道、片思いの少年の心情を切々とつづっている。
POPの持つ、すばらしさ。
具体的に言うならば、様々な楽器を使用し、コーラスもたくさんからめ、メロディアスに、ボーカルはシャウトせず・・・。
って、とこか?
大滝詠一の他に・・・ご存知、山下達郎・・・・そんなにぱっとしないかもしれないけど、杉真理・・・・何年か前、注目してたけどメジャーになりきれなかった、キンモクセイ・・・なんかがPOPです。
この時期、初夏になると、「A LONG VACATION」は、必ず車で聴きます。
天気の良い日は、このアルバムを聴くことで、さらに気分が良くなります。
良い音楽とは、そおゆうものなのでしょうね・・・。

BYナリハラ
2009年06月14日
水と油・・・時々酒
『サイレンジャー』と『PAW』が、水と油なのか?
これについては、コメントを避けたい。
本当に、そうならば、火に油を注ぐことになるしね・・・。
じゃ、次回、ライブタイトルは『火に油・・』か?
どっちが、『水』で、どっちが『油』なのか?
それは、みなさんにご判断はおまかせします。
が、しかし・・・『PAW』の、方々が、油的な要素をお持ちではないかと・・・・。
いやいや、そうも言い切れない。
ベースの上垣内師匠は、どう見ても、『油が抜け落ちたスルメ』みたいだし・・・。
じゃ、『サイレンジャー』が、水なのか?って、言われれば、真水ではなく『コーラ』とか『ファンタ』っぽいし。
『キリンレモン』でもOK。
みなさんの、ご評価はいかがでしょうか?
しkし、打ち上げでは、仲良く飲んでいましたよ・・・。
水と油、お疲れ様でした・・・。
サイレンジャー
アニメタルの真髄を見せていただきました。今夜は、ハードだったでしょう。メドレーでつづる4~5部構成で、途中、息がえらそうだったよね。しかし、間奏、「真っ赤なスカーフ」「コンバトラーV」、知ってますよ俺だって。「一休さん」知ってますよ。写真撮影にも、快く付き合ってもらってサンキュです。







PAW
いや~、濃かった。いい意味でですよ。ボーカルアツロウさんと、うらたさんご夫妻、というトリプルボーカルスタイルで、ビリージョエルのバラード、ルート66、そして、ルーマニア!・・・いやいや、カリフォルニア!・・・などなど、大人な選曲で魅了してくださいました。俺も、ルーマニア連れってくださいよ・・・コマネチ!俺も、アンジェリーナに、チップはさみたいです。









いや~楽しかったです。
ありがとうございました。
クッピーズ西倉くんと、クレイジーバナナチョップのなおやん。
あれ?・・・仲直りしたの?・・・・。

スーパーノバのギターゆうすけくんの、ウエディングフライヤー。
おめでとう!お幸せに!

こうして、今宵も、ふけていくのでした・・・。


ちょっと、待った!まだ、終われねえ!
PROJECT of PASSPORT が、今宵眠れぬ君に送る、アダルトコナー~が来たぜベイベ~。
こきたいやつは、こけ!

もう1発!

さらに、ダメ押し!
どや!参ったか?
寝るわ、俺・・・疲れた・・・おやすみ・・・。
BYナリハラ
これについては、コメントを避けたい。
本当に、そうならば、火に油を注ぐことになるしね・・・。
じゃ、次回、ライブタイトルは『火に油・・』か?
どっちが、『水』で、どっちが『油』なのか?
それは、みなさんにご判断はおまかせします。
が、しかし・・・『PAW』の、方々が、油的な要素をお持ちではないかと・・・・。
いやいや、そうも言い切れない。
ベースの上垣内師匠は、どう見ても、『油が抜け落ちたスルメ』みたいだし・・・。
じゃ、『サイレンジャー』が、水なのか?って、言われれば、真水ではなく『コーラ』とか『ファンタ』っぽいし。
『キリンレモン』でもOK。
みなさんの、ご評価はいかがでしょうか?
しkし、打ち上げでは、仲良く飲んでいましたよ・・・。
水と油、お疲れ様でした・・・。
サイレンジャー
アニメタルの真髄を見せていただきました。今夜は、ハードだったでしょう。メドレーでつづる4~5部構成で、途中、息がえらそうだったよね。しかし、間奏、「真っ赤なスカーフ」「コンバトラーV」、知ってますよ俺だって。「一休さん」知ってますよ。写真撮影にも、快く付き合ってもらってサンキュです。
PAW
いや~、濃かった。いい意味でですよ。ボーカルアツロウさんと、うらたさんご夫妻、というトリプルボーカルスタイルで、ビリージョエルのバラード、ルート66、そして、ルーマニア!・・・いやいや、カリフォルニア!・・・などなど、大人な選曲で魅了してくださいました。俺も、ルーマニア連れってくださいよ・・・コマネチ!俺も、アンジェリーナに、チップはさみたいです。
いや~楽しかったです。
ありがとうございました。
クッピーズ西倉くんと、クレイジーバナナチョップのなおやん。
あれ?・・・仲直りしたの?・・・・。
スーパーノバのギターゆうすけくんの、ウエディングフライヤー。
おめでとう!お幸せに!
こうして、今宵も、ふけていくのでした・・・。

ちょっと、待った!まだ、終われねえ!
PROJECT of PASSPORT が、今宵眠れぬ君に送る、アダルトコナー~が来たぜベイベ~。
こきたいやつは、こけ!
もう1発!
さらに、ダメ押し!
どや!参ったか?
寝るわ、俺・・・疲れた・・・おやすみ・・・。
BYナリハラ
2009年06月12日
AV男優に花束を・・・。
さあ、やってきました、若干ヤバイテーマです。
いや、ヤバイと思うことが、偏見だ。
俺は、問いたい。
「みんな、通過してきたでしょ?」と。
AVの話をする時、笑顔になりませんか?と。
さてさて、どこまで書けるか?・・・挑戦してみようじゃ、あ~りませんか・・・。
女の子で、将来『キャバ嬢』になりたいって子が、増えているって聞く。
じゃ、男の子だって、素直に宣言してもいいんじゃないのか?
って、思ったりしてね・・・。
もしも、中学生男子が、将来の夢を語るとき、みんなが『僕は野球選手』『僕は医者』『僕はシェフ』と言っている中、『僕は将来、AV男優になりたい・・』って子供がいたら、先生はなんというのだろうか?
『AV男優か・・すばらしい夢だね・・』とは、まず言わないだろう。
『おい!まじめにやれ!』か『あとで、職員室来い・・』だろうね。
では、先生に聞きたい?
なぜ?AV男優になりたいと思っちゃいけないんだい?
これは、犯罪かい?
人に迷惑をかけるのかい?
あんただって、随分と、お世話になったんじゃないのかい?
AV男優・・・・。
AV女優と違って、影の存在。
超日影。
超脇役。ギャランティも、むちゃくちゃ少ないだろう。
感ですが、1日3発やって、日当5000円に弁当なんて、ザラじゃないかな?
しかししかし、彼らなしに、AV作品の多くは産まれない。
俺が、彼らにスポットライトを当てずして、誰が当てるというのか?・・・的な、使命感にかられ、ご紹介します。
カリスマ達を・・・。
加藤鷹。
ねえ、いい男でしょ?
ロックな感じでしょ、風貌がさあ。
彼こそ、キングオブAV男優だと思う。
彼が、AV男優の地位を、押し上げたといっても、過言ではない。
女の子も、彼氏に頼んで、1度見てみるといいよ。
彼のプレイは見るべきだろう。
彼の、ゴールドフィンガーを見るべきだろう。
しかし、彼の、真髄は『ハート』だと俺は思う。
魂を込めた言葉で囁きながら、下はゴールドフィンガー・・・。
キングオブAV男優はやつだ・・・。

チョコボール向井。
肉体系の男。
1990年代に、主に活躍。
得意技は、『駅弁』。
『駅弁』って何?と、疑問を抱く女の子は、彼に聞いてください。
『ねえ、駅弁って何?』と。
彼は答えるでしょう『お前は、そっちが好みだったのか?・・』と。
チョコボールは、その後、プロレスラーに転身したのかな?
全盛期には、1日7~10発発射したらしいけどさ・・・ほんと、参りました・・・白旗です・・・。

ここまで、書きながら、このブログ、また、抹消されちまうんじゃないかと、心配になりますが・・・・。
まあ、いいや、やるなら、やれよ・・・・。
村西監督。
彼は、俺の世代ならば、ビックネームです。
AV男優の草分けじゃないかな?
「ナイスですね~」が口癖の、おっちゃんだった。
1980年初頭、ようは、AV発生時期に、彼もブレイクし、黒木香とのからみは、レジェントだ。
昔、よく、彼のモノマネして遊びました。
おもしろいんだけど、逆に、AV女優に集中できなくなるという、欠点もあったよな。
そりゃ、笑いながら、マスターベーションは、不可能だろ?

最後に、一人だけ、山本竜二を上げたい。
彼は、AVの中でも、まともな路線ではなく、SMをはじめとする、アブノーマルなフェティズムを、得意ジャンルとし、コミカルなんだけど、相手のよさをうまく引き出す・・・・うまく言えないんだけど・・・・芸術的な変態・・・って言うのかな?
まあ、女の子は彼に聞いてください。
「山本竜二は、芸術的な変態なの?・・・」と。
彼は、答えるでしょう「お前は、そっちが好みだったのか?・・・」と。
彼の、偉いところは、映画やTVドラマにも出演しているところかな。
NHKの、お堅いドラマに彼が出てきたときは、正直ぶっ飛んだ。
やっぱり、才能があるんだって・・・。

きれいごとヌキで考えようぜ・・・。
本音でいこうぜ・・・。
偉い人も、そうでない人も、心をフラットにして考えてください。
「毎日、いろんな女の子とやれてさ、金になるなんて、最高だと思わないかい?」
「・・・思う・・・」
だろ?だったら、すばらしい職業なんだよ、AV男優ってさ。
少年たちも、胸を張って言っていいんじゃないの?
「僕は、AV男優になるのが夢です・・」ってさ。
がんばれよな。
俺は、無理だけどさ。
なぜ?って・・・早い話が・・・自信がねえんだよ!・・・じゃ・・・・。



BYナリハラ
いや、ヤバイと思うことが、偏見だ。
俺は、問いたい。
「みんな、通過してきたでしょ?」と。
AVの話をする時、笑顔になりませんか?と。
さてさて、どこまで書けるか?・・・挑戦してみようじゃ、あ~りませんか・・・。
女の子で、将来『キャバ嬢』になりたいって子が、増えているって聞く。
じゃ、男の子だって、素直に宣言してもいいんじゃないのか?
って、思ったりしてね・・・。
もしも、中学生男子が、将来の夢を語るとき、みんなが『僕は野球選手』『僕は医者』『僕はシェフ』と言っている中、『僕は将来、AV男優になりたい・・』って子供がいたら、先生はなんというのだろうか?
『AV男優か・・すばらしい夢だね・・』とは、まず言わないだろう。
『おい!まじめにやれ!』か『あとで、職員室来い・・』だろうね。
では、先生に聞きたい?
なぜ?AV男優になりたいと思っちゃいけないんだい?
これは、犯罪かい?
人に迷惑をかけるのかい?
あんただって、随分と、お世話になったんじゃないのかい?
AV男優・・・・。
AV女優と違って、影の存在。
超日影。
超脇役。ギャランティも、むちゃくちゃ少ないだろう。
感ですが、1日3発やって、日当5000円に弁当なんて、ザラじゃないかな?
しかししかし、彼らなしに、AV作品の多くは産まれない。
俺が、彼らにスポットライトを当てずして、誰が当てるというのか?・・・的な、使命感にかられ、ご紹介します。
カリスマ達を・・・。
加藤鷹。
ねえ、いい男でしょ?
ロックな感じでしょ、風貌がさあ。
彼こそ、キングオブAV男優だと思う。
彼が、AV男優の地位を、押し上げたといっても、過言ではない。
女の子も、彼氏に頼んで、1度見てみるといいよ。
彼のプレイは見るべきだろう。
彼の、ゴールドフィンガーを見るべきだろう。
しかし、彼の、真髄は『ハート』だと俺は思う。
魂を込めた言葉で囁きながら、下はゴールドフィンガー・・・。
キングオブAV男優はやつだ・・・。

チョコボール向井。
肉体系の男。
1990年代に、主に活躍。
得意技は、『駅弁』。
『駅弁』って何?と、疑問を抱く女の子は、彼に聞いてください。
『ねえ、駅弁って何?』と。
彼は答えるでしょう『お前は、そっちが好みだったのか?・・』と。
チョコボールは、その後、プロレスラーに転身したのかな?
全盛期には、1日7~10発発射したらしいけどさ・・・ほんと、参りました・・・白旗です・・・。

ここまで、書きながら、このブログ、また、抹消されちまうんじゃないかと、心配になりますが・・・・。
まあ、いいや、やるなら、やれよ・・・・。
村西監督。
彼は、俺の世代ならば、ビックネームです。
AV男優の草分けじゃないかな?
「ナイスですね~」が口癖の、おっちゃんだった。
1980年初頭、ようは、AV発生時期に、彼もブレイクし、黒木香とのからみは、レジェントだ。
昔、よく、彼のモノマネして遊びました。
おもしろいんだけど、逆に、AV女優に集中できなくなるという、欠点もあったよな。
そりゃ、笑いながら、マスターベーションは、不可能だろ?

最後に、一人だけ、山本竜二を上げたい。
彼は、AVの中でも、まともな路線ではなく、SMをはじめとする、アブノーマルなフェティズムを、得意ジャンルとし、コミカルなんだけど、相手のよさをうまく引き出す・・・・うまく言えないんだけど・・・・芸術的な変態・・・って言うのかな?
まあ、女の子は彼に聞いてください。
「山本竜二は、芸術的な変態なの?・・・」と。
彼は、答えるでしょう「お前は、そっちが好みだったのか?・・・」と。
彼の、偉いところは、映画やTVドラマにも出演しているところかな。
NHKの、お堅いドラマに彼が出てきたときは、正直ぶっ飛んだ。
やっぱり、才能があるんだって・・・。

きれいごとヌキで考えようぜ・・・。
本音でいこうぜ・・・。
偉い人も、そうでない人も、心をフラットにして考えてください。
「毎日、いろんな女の子とやれてさ、金になるなんて、最高だと思わないかい?」
「・・・思う・・・」
だろ?だったら、すばらしい職業なんだよ、AV男優ってさ。
少年たちも、胸を張って言っていいんじゃないの?
「僕は、AV男優になるのが夢です・・」ってさ。
がんばれよな。
俺は、無理だけどさ。
なぜ?って・・・早い話が・・・自信がねえんだよ!・・・じゃ・・・・。

BYナリハラ
2009年06月10日
人が輝くとき

誰もが、輝く瞬間がある・・・。と、きれいごとを言うつもりはない。
誰もが・・・・いや、全員じゃない・・・どう、あがいたって、箸の先にもひっかからない奴だっている。
ヘドロのような人生を送る奴だっている。
だから、言い換えるならば、「多くの人が、輝く瞬間がある・・」ってことかな?
では、輝く瞬間とは?これが、また、定義付けがむずかしいんだけど、わかりやすく言うとこうだ。
頭のいい奴ならばテストの点数だろうし、きれいな女の子だったら微笑む瞬間だったり、サッカーや野球が上手な奴ならグランドだし、料理が好きな人は誰かに「美味しい」と言われた瞬間だし、ボクサーならリング、相撲なら土俵、バンドならステージ、SEXに自信があるならばベット、動物が好きならばペットショップ、ゴルフ好きならイーグルを決めた瞬間だし、読書家だったら村上春樹の『1Q84』を読んでいる瞬間だろうし、燃える営業マンだったら契約成立だろうしね・・・・。
まさに、千差万別、言いだしゃきりがない。
しかし、誰かが輝いた瞬間に居合わせるのは悪くない。
こっちも「パワー」みたいな物ももらえるしね。
よし、「俺も」みたいなさ・・・。
逆に、何がおもしろくねえか知らんけど、ため息、不機嫌、批判、嫌味、せせら笑い・・・・、こんな奴と居合わせると最悪。
さっさと、その場から、いなくなりたいけど、立場上もしくは仕事上いなきゃいけない時、俺は噛み付きそうになる自分を、必死に抑えることもある。
まあ、実際、噛み付いたことも何回かあるけど、だいたい相手は「笑ってごまかそう」とする。
「話題を変えよう」とする。
後に残ったのは、淀んだ空気と、肥溜めに落ちた時の「グニャ」とした、感じしかない。
最悪・・・・。
話を戻しますが、人ってさ、「生きるすべ」とか、ひらたく言うと「生きがい」がないと、生きるのがむずかしい哺乳類なんだよな。
これが、魚やガマがえるとちがうところであり、ある意味、めんどくせえことであり、しかし楽しいことである。
なにか、見つかればいいけどね。
長く生きている人は、立場や責任や仕事や家庭があって、それを犠牲にすることはできないし、時間も限られてくると思う。
何かに没頭するってことは、多くのエネルギーを費やす。
疲れる。
状況が、悪ければ、鬼のような奥さんから「こんな、くだらない事やって・・」などと、批判され続ける。
「やっぱ、やめようか・・」ってなる。
でも、がんばろ?
リスクあっての人生。
ノーリスクで生きる、一つの方法として「何もしない」ってのがある。
それを好むか好まないか?だ。
人は輝いた瞬間に報われる。
培ってきたリスクが、いい思い出になる。
「ハハハ、そう言えば、そんなことあったっけ?」と、笑える日が来る。
だから、健康管理して、行動しましょうよ。
なんてね、いい事いうでしょ?
ずいぶん昔さ、高校ん時に、俗に言う不良グループが作っているロックバンドのライブを見た。
その、リーダーがボーカルなんだけど、普段は肩で風きり、するどくメンチを切り、偉そうな事を言ってた人で、さぞステージでもかっこよく、かましてくれるんだろうな?と、思ったら、なんか猫背で、下向いて歌って、「・・・・えっと・・・・・・つ、つ、次の曲は・・・」って、感じでかっこわる~。
彼は、ステージが輝く場所ではなかった。
体育館の裏とか、屋上とかが、輝く場所だったんだろう。
その点から考えると、死んじゃった清志郎さんは、まさにステージマンだ。
普段は、おとなしく、いい人で、弱くて、おっちゃんで、やられっぱなしって、感じだけど、ステージならば水を得た魚。
まさに、「人が輝くとき」の、一番良い例だろうね。

BYナリハラ
2009年06月08日
もしもドーハの悲劇がなかったら・・・。

サッカー日本代表、ワールドカップ出場決定、おめでとうございます。
ウズベキスタン戦、まあ、はらはらドキドキではあったにせよ、結果がすべて、という点においては、すばらしき結果であり、なによりだったね。
よかった、よかった!拍手!。
サッカーの試合を見る、もしくは感心を持つ、なんてのは、昔からではない。
たぶん、多くの人が、そうであったように、1993年『Jリーグ』発足からだ。
「へえ~、サッカーっておもしろいの?・・・」的な、にわかサッカーファン。
三浦カズ、ラモスがいた、『ヴェルディ』の、試合はおもしろかったな。
ラモスのパスに、カズが決めるという、ホットラインに、「ほ~、」と、思いました。
そして、Jリーグとリンクするように、ワールドカップ予選もこの年だった。
この、ワールドカップ予選が、「サッカーって、こんなにおもしろいんだ」「こんなに、あつくなれるんだ」「こんなに落ち込むんだ」と、思わせてくれた大会だった。
1993年。
今から、16年前?
時の流れるけど、『ドーハの悲劇』は、日本サッカー界にとって、忘れることができない、大事件だろうね。
まあ、詳しくは、書きませんが、この試合に勝てば、ワールドカップ出場という、対イラク戦。
前半、三浦カズのゴールで、まず1点。
しかし、後半追いつかれるけど、ゴン中山のゴールで2対1。
時間は、もうロスタイム。
実況アナウンサーも「日本、もう少しで、ワールドカップだ!・・」と、絶唱していた時、相手のセンタリングからヘッド、ボールは日本ゴール片隅に吸い込まれた


結局、2対2の引き分けで、日本はワールドカップ出場できなかった。
俺は、後になって考えるんですが、もし、あの時勝っていれば・・・・。
『Jリーグは』加速し、経済効果だって、すごいことになっていたんじゃないかな?
なにより、カズ、ラモスは、「日本を最初にワールドカップに導いた男」として、すごく称えられたに違いない。
ドーハの悲劇じゃなくて、ドーハの歓喜っと、言われ続け、歴史に燦燦と輝く、金字塔となったはず。
俺、よく思うんですが、三浦カズに『ワールドカップのピッチ』に立ってほしかったな・・・と。
この、ドーハの悲劇を、リアルタイムで見ていて、今思うことは、「人生は何が起こるかわからない」ってこと。
「絶対、この件は間違えない」なんて、案件は、この世にありえない、ってこと。
天国一歩手前には、地獄の入り口が待っているってこと。
努力し、節制し、最善を尽くし、神に祈っても、『ダメ』って事があるんだな~と。
そして、ドロのように落ち込み、泣きわめき、やつ当たりしても、『結果は変わらない』ってこと。
なんか、さあ、あの時、いろいろ考えちゃいましたよ。
人生に、かぶせながら、いろいろとね・・・。
やがて、4年後、ジョホールバルにて、日本はワールドカップ初出場をきめる。
しかし、主役は、カズ、ラモスではなく、生意気な『中田ヒデ』だった。
そんな歴史を、考えると、あと2試合残して、出場決定は、進化した証明だろうね。
これからも、サッカーは応援します。
しかし、心の奥底には、『ドーハの悲劇』が、しっかりと刻まれています。
「相棒・・・気を抜くなよ・・・最後までわからないぜ・・・ほら、ドーハだってそうだったじゃないかい?・・・」きっと、こんな感じなんだろう。

BYナリハラ
2009年06月04日
その名はミスタージーンズ

ジーンズさえはいていれば、何とかなる。図書館でも、市役所でも、パーティーでも、映画館でも、はたまた農作業や大工仕事ですら、様になってしまうファッションアイテム・・・・その名は、ミスタージーンズだ。
さすがに、冠婚葬祭は、無理だけど、それ以外だったら、ほとんどOK。
なんだったら、そのまま寝てしまってもOK。
ライブステージに立ってもOK。
シャープにはくもよし、だらっとはくもよし、ローライズにハイウエスト、スリム、ストレート、ブーツカット、ベルボトム、ボタンフライ・・・LEE, エドウイン、リーバイス・・・・・。
カラーバリエーションだって、なんて!豊富!・・・。
アメリカが産んだ、最強のファッションジャンル、ジーンズ。
ジェームスディーンも、ジョンウエインだって、これをはいて、スクリーンにUPした。
その名は、ミスタージーンズ・・・・。

みなさん、はきますよね?
俺も、もちろんです。
基本的には、リーバイスの「501」です。
楽なんですよね・・・・、地べたでも腰かけられるし、ケチャップついたら、洗えばいいし、破れれば破れたで、それもまたパンクだし、夏でも冬でもOKだしね。
あれは、たしか小学校4年生くらいかな?
ジーンズが欲しくて、母親に「頼む、買ってよ」と言ったことがある。
母親は「しかたねえな・・」とか、言いながら、わけのわからんメーカーの、へんな生地のジーンズを買ってきた。
でも、うれしくてさ、少しだけ、すそが広がっていて、それがまたなんかおしゃれでね・・・。
ドッチボールする時、気をつかったもん・・・汚れないようにとね。
たぶん、本格的に、ファッションアイテムとしての地位を築いたのは、1970年代。
長髪、ジーンズ、下駄、くわえタバコ、フォークソング・・・・的な若者が最初だったと思う。
若かりし日の、中村雅俊なんかが、『つぎはぎジーンズ』をはいていて、俺マジに探した記憶がある。
松田優作は、太陽にほえろで『ジーパン刑事』だったしね。
俺、高校のときに、わざとジーンズを破いて、わざとワイルドな感じにしてたのね。
わかるでしょ?・・・その感性。
しかし、そのジーンズが、ある日なくなった。
母親が「あれは、破れてるから、すてたぞ」と言った。
俺は「なんだと!人のものを勝手に!このやろ~」
母は「あんな、ズボンで近所を歩かれては、恥ずかしい」
俺は「あれが、かっこいいんだよ!・・てか、勝手に捨てやがって!バカヤロー!」
てな具合で大喧嘩になった。
まあ、今の世代のお父さんお母さんたちは、そんなことないと思うけどさ・・・昔は、苦労したよ。
格闘の連続でした。

バックトウザフューチャーの中の、マイケルJフォックスのジーンズの履き方は、その当時、ちょっとマネしてました。
すそを2つくらい折って上げて、スニーカー(コンバースがベスト)を、見せるはきかた。
スリムジーンズじゃないと、様にならない。
いや、マイケルJフォックスだから様になったのかな?
よく、30代40代の人と、話をしていて、「昔はいていたジーンズがはけない」という。
「膝までは、はけるんだけど、それ以上が入らない」という。
そりゃ、しかたねえさ。
どうして、くだらねえ場所に脂肪がつくのかね?
代謝のもんだいかね?
でも、そのジーンズは、持っておくべきだよ。
その昔の、体系を、証明する、化石的物品としてね。
世界の中で、ミスタージーンズをあげるとしたら・・・・う~ん・・・やっぱ、ストーンズかな?
ほんと、似合うもんな、彼らさ。
60代になっても、スリムジーンズで、ライブステージできたら最高だね。

BYナリハラ
2009年06月02日
お茶の間にROCKがやってきた日
この日本という国で、ROCKがお茶の間に認識された時期は、1977年だと俺は思う。
「お茶の間」という響き、これはこの国独特の響きであり、家族全員が集うという意味も含む。
おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん、兄弟。
このメンバーが終結して、テレビを見る。
テレビでは、五木ひろし、野口五郎、そうそうピンクレディ、ドリフターズ、欽ちゃん、東京ロマンチカ、アントニオ猪木、北の湖、ユリゲラーからオリバー君まで、様々なジャンルで様々なパホーマンスを展開していた。
しかししかし、『ROCK』という、ジャンルは存在していない。
なぜか?
この頃、ROCKは、まだまだアンダーグラウンドであり、シングルチャートを駆け上がることも、まずなかった。
もちろん、バンドはあったよ。
クリエーション、キャロル・・・・。
ダウンタウンブギブギバンドは、少し前「港のヨーコ横浜横須賀」「スモーキンブギ」などで、多少はガツンとやったけどね。
基本的に、彼らは、TV出なかったしね。
そんな、演歌とムード歌謡ひしめくこの国のブラウン管に、『ROCK』という認識を与えたミュージシャンは、『CHAR』(チヤー)だと思う。
『逆光線』『気絶するほど悩ましい』『闘牛士』など、確かに『スモーキ』に比べると、歌謡曲よりであり、エアロスミスがやっているROCKとは違っていたけど、お茶の間的には、すんなりと好感を持って受け入れられたと思う。

それが1977年。
そして1978年。
ザベストテンが始まる。
時期を同じくして、ヤマハのコンテストを勝ち抜いたバンドがデビューした。
『世良まさのり&ツイスト』である。
1曲目『あんたのバラード』は、バラードだったけど、2曲目の『宿無し』は、「日本語でもROCKに合うんだ・・」と、思わせるほど、エレキギターが『ジャ~ン』と鳴っていた。
彼らは、テレビ出演拒否することもなく、シングルをチャート上位に送り込み、ベストテンでプレイしていた。
長髪で、ジーンズで、すごくカッコよかった。

やはり1978年、インパクトはでかいが、よくわけのわからんバンドがデビューする。
『サザンオールスターズ』の『勝手にシンドバット』だ。
ツイストと違って、たいして二枚目がいるわけでもないんだけど、どうしても残ってしまうあのメロディー。
「今何時?」だよ。
参りました・・・って感じ。

そしてもう一つこの時期の、お茶の間的バンドをあげるとしたら、『ゴダイゴ』ははずせない。
デビューは、少し前なんだけど、西遊記のテーマ『ガンダーラ』でブレイク。
『モンキーマジック』の、ギターカッティングには、「すごいな~」って思いました。
タケカワユキヒデ&ミッキー吉野(デブのキーボード)が作り出す、メロディアスなサウンドは、なんかポールマッカートニー的な匂いがして、心地よく、おだやかであり、お茶の間に浸透するには、GOODでした。

その当時、16歳の俺は、上のバンドで最初に消えるのは、サザンオールスターズだと思ってました。
絶対、一発屋。
『アラジン・・・完全無欠のロックンローラー』や『まどかひろしの、♪とんでとんで・・・』と、同じだと思った。
しかししかし、俺の感は当たらない。
桑田ケイスケの、ジョン&ポールばりの才能は、後のJ-POPを引っ張っちゃうんだからね。
ほんと、俺の感は、たいしたことない・・・と、痛感した、その後でした。
さてさて、お茶の間に、エレキギターが鳴り出して、親父やお袋、じいちゃんばあちゃんも、文化についていくことができず、「チャンネルを変えろ」とか「なんだ、この、わけのわからん歌は・・」とか「演歌はないのか?」とか「お前も、友達と、こんな事しているのか?」などという、攻撃に、反論する日々が続いた。
そんな時、サザンが「いとしのエリー」を、ゴダイゴが「ビューティフルネーム」を、画面でやってくれると、OKだったね。
「・・・ね、いい曲でしょ?ROCKバンドはすばらしいんだよ・・」と、胸を張れた。
大人たちも「・・・まあ・・・この歌は・・・静かだしね・・・まあまあだけど・・・」と、しぶしぶ言ったりね。
しかし、1年後に『横浜銀蝿』が出てきて、『♪走り出したら止まらないぜ・・』なんて、やっちゃうものだから、そこでOUT!ゲームオーバー・・。
もう、議論する余地もなく、俺はお茶の間にいることもなく、部屋に閉じこもった・・。
まあ、いつの時代も、あるんだけど、ジェネレーションギャップってやつ?
お茶の間は、おだやかな空間ではあるけれど、裏腹に危険も伴っていることに気付いた、1977ねんから1978ねんです。



BYナリハラ
「お茶の間」という響き、これはこの国独特の響きであり、家族全員が集うという意味も含む。
おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん、兄弟。
このメンバーが終結して、テレビを見る。
テレビでは、五木ひろし、野口五郎、そうそうピンクレディ、ドリフターズ、欽ちゃん、東京ロマンチカ、アントニオ猪木、北の湖、ユリゲラーからオリバー君まで、様々なジャンルで様々なパホーマンスを展開していた。
しかししかし、『ROCK』という、ジャンルは存在していない。
なぜか?
この頃、ROCKは、まだまだアンダーグラウンドであり、シングルチャートを駆け上がることも、まずなかった。
もちろん、バンドはあったよ。
クリエーション、キャロル・・・・。
ダウンタウンブギブギバンドは、少し前「港のヨーコ横浜横須賀」「スモーキンブギ」などで、多少はガツンとやったけどね。
基本的に、彼らは、TV出なかったしね。
そんな、演歌とムード歌謡ひしめくこの国のブラウン管に、『ROCK』という認識を与えたミュージシャンは、『CHAR』(チヤー)だと思う。
『逆光線』『気絶するほど悩ましい』『闘牛士』など、確かに『スモーキ』に比べると、歌謡曲よりであり、エアロスミスがやっているROCKとは違っていたけど、お茶の間的には、すんなりと好感を持って受け入れられたと思う。

それが1977年。
そして1978年。
ザベストテンが始まる。
時期を同じくして、ヤマハのコンテストを勝ち抜いたバンドがデビューした。
『世良まさのり&ツイスト』である。
1曲目『あんたのバラード』は、バラードだったけど、2曲目の『宿無し』は、「日本語でもROCKに合うんだ・・」と、思わせるほど、エレキギターが『ジャ~ン』と鳴っていた。
彼らは、テレビ出演拒否することもなく、シングルをチャート上位に送り込み、ベストテンでプレイしていた。
長髪で、ジーンズで、すごくカッコよかった。

やはり1978年、インパクトはでかいが、よくわけのわからんバンドがデビューする。
『サザンオールスターズ』の『勝手にシンドバット』だ。
ツイストと違って、たいして二枚目がいるわけでもないんだけど、どうしても残ってしまうあのメロディー。
「今何時?」だよ。
参りました・・・って感じ。

そしてもう一つこの時期の、お茶の間的バンドをあげるとしたら、『ゴダイゴ』ははずせない。
デビューは、少し前なんだけど、西遊記のテーマ『ガンダーラ』でブレイク。
『モンキーマジック』の、ギターカッティングには、「すごいな~」って思いました。
タケカワユキヒデ&ミッキー吉野(デブのキーボード)が作り出す、メロディアスなサウンドは、なんかポールマッカートニー的な匂いがして、心地よく、おだやかであり、お茶の間に浸透するには、GOODでした。

その当時、16歳の俺は、上のバンドで最初に消えるのは、サザンオールスターズだと思ってました。
絶対、一発屋。
『アラジン・・・完全無欠のロックンローラー』や『まどかひろしの、♪とんでとんで・・・』と、同じだと思った。
しかししかし、俺の感は当たらない。
桑田ケイスケの、ジョン&ポールばりの才能は、後のJ-POPを引っ張っちゃうんだからね。
ほんと、俺の感は、たいしたことない・・・と、痛感した、その後でした。
さてさて、お茶の間に、エレキギターが鳴り出して、親父やお袋、じいちゃんばあちゃんも、文化についていくことができず、「チャンネルを変えろ」とか「なんだ、この、わけのわからん歌は・・」とか「演歌はないのか?」とか「お前も、友達と、こんな事しているのか?」などという、攻撃に、反論する日々が続いた。
そんな時、サザンが「いとしのエリー」を、ゴダイゴが「ビューティフルネーム」を、画面でやってくれると、OKだったね。
「・・・ね、いい曲でしょ?ROCKバンドはすばらしいんだよ・・」と、胸を張れた。
大人たちも「・・・まあ・・・この歌は・・・静かだしね・・・まあまあだけど・・・」と、しぶしぶ言ったりね。
しかし、1年後に『横浜銀蝿』が出てきて、『♪走り出したら止まらないぜ・・』なんて、やっちゃうものだから、そこでOUT!ゲームオーバー・・。
もう、議論する余地もなく、俺はお茶の間にいることもなく、部屋に閉じこもった・・。
まあ、いつの時代も、あるんだけど、ジェネレーションギャップってやつ?
お茶の間は、おだやかな空間ではあるけれど、裏腹に危険も伴っていることに気付いた、1977ねんから1978ねんです。

BYナリハラ
2009年05月31日
70S‘DISCO


DISCO・・・60S‘には、この言葉はなかったような気がする。
では、DISCO以前は、何と言われていたか?
俺が思うに、『GOGOクラブ』って、名前じゃなかったっけ?
違いますかね?
すいません、60S‘は、現役じゃなかったもので・・・・。
70年代中期、このDISCOが、いろんな町に存在し始めてから、当時の若者は、たぶん『シャイな気持ち』を、アルコールでごまかしながら、踊っていた。
たぶん、この国に、『ソウルミュージック』に合わせて、ダンスするという、遊び方は、血筋からして、馴れるまでには多少の時間がかかったことだろう。
踊りにDISCOに行く・・・この感覚が、当時のティーンを中心に完全に浸透したのには、わけがある。
一つの映画のロードショー・・・。
そう、『サタデーナイトフィーバー』である。
ジョントラボルタが演じる主人公の男は、土曜の夜のために、ウイークデイを生きていた。
たぶん、労働者階級だと思うけど、その仕事や、くだらねえ人間関係を、土曜の夜のために我慢した。
そして、土曜の夜、DISCOでの彼は、ヒーローだった。
夕暮れになると、シャワーを浴び、髪型をバリバリに決め、お気に入りのジャケ&パンツを着、キラキラに磨かれた靴に足を入れる。
一夜限りではあるけれど、彼はスターダムにのし上がった気分になる。
いや・・・確かに、そのDISCOでは、まぎれもないスターだった。
1週間に一夜だけの希望・・・・サタデーナイトフィーバー・・・・。
そんな映画でした。
ずいぶん前ですが、俺もまあまあ行きました。
具体的に名前をあげるならば、名古屋栄錦の『ペントハウスパート2』・・・通称ペン2。
あと、『最後の20セント』・・・名前がいいでしょ?
って店が、多かったかな?
最初、名古屋のヤンキー諸君に連れて行ってもらったのよ。
店に入る時、『入店チェック』ってのがあってさ、店の雰囲気にそぐわない奴は、入れてもらえなかった!
「なんで?はいれね~んだよ!」などと噛み付くと、奥から『本物のあっちの方』が出てきて、「おもしれ~こと、いうじゃね~かよ、にいちゃん・・・」ってなるから、NGならば『次いこーぜ・・』ってのが鉄則。
早い話が、あまりにも『やんちゃ』な風貌だとNG。
名誉のために、言っておきますが、俺はNGを受けたことはない。
ただ・・・一緒に行った、名古屋ヤンキーの誰かは、70%の確率で引っかかってた。
店を変えてもNGの場合は、しかったねえから、入れる奴で入店し、入れなかった奴は、シャコタン車で街並みをドライブしていたと思う。
店内は、すっごく広く、DISCOサウンドが鳴り響き、フリーフード&フリードリンク・・・これはうれしかった!だって、とりあえず腹は一杯になるしね。
フロアーでは音と照明と人の渦。
手が女の子の胸に当たっても、そんなのどーってことねえって感じ。
野郎同士だとちょっと大変。
肩が当たったのなんのって、『メンチのきりあい』
そして、ボックスが、ダンススパースを囲んでいる。
その場所は、若干音のボリュームが落ちるため、『ナンパ』は可能。
みんなナンパの際は『耳元』で、話し合ってた。
「ねえ、いくつ?」
「・・17・・・」
「高校生?」
「・・・中退・・・」
「何人で来てるの?」
「3人・・」
「ここ出たら、デニーズでも行かない?」
「・・・これって、ナンパ?・・・」
「・・・世間ではそう言う・・・」
いやいや・・・・そんな言い方じゃない・・・もう一度・・・・。
「ここ出たら、デニーズでも行かない?」
「じゃ、友達に聞いてくる・・」
「ヨロシク・・・」
うん、こんな感じだろう・・・うんうん・・・・。

「アバ」「アラベスク」・・・など、当時のお決まりのDISCOサウンドは店内に響き、そしてバラードが流れる。
「チークタイム」ってのが、あったんすよ。
もう、目があっちゃえば、手をひっぱちゃう。
店内は暗いから、好みとかそうじゃないとか関係ない。
雰囲気?フィーリング?シンパシー?テレパシー?・・・。
まあ、いいや・・・。
強固な意志の奴は、ヒップに手を回したり、耳たぶをなめたりしている。
けど、俺は・・・飛騨の田舎もんの関係上・・・とてもとても・・・でした。
が・・・下半身がガツンっときちまってさ・・・泳ぎ腰になりました。
若かったね~・・・。
何はともあれ、DISCOは、そんな場所でした。
少し前の、TV、BSかな?昔踊ってた女性の方々が、今再びDISCONIGHTで踊っている、という番組を見て、時の流れと、その時代の良さ、みたいなものを感じてしまいました。
そして、ふと、『70S‘DISCONIGHT』、 PROJECT of PASSPORT 企画で、できね~かな?なんて考えたりしてね。
クラブじゃなくて、 DISCOね。
トランスやヒップホップじゃなくて、『ビージーズ』ね。
この企画に賛同してくれる、昔いけてた、お父さんお母さん、ご連絡お待ちしています。
その夜、DISCO終了時には、何組かの『不倫カップル』が、成立することを願って・・・。
土曜の夜と言えば、DISCO・・・70年代から、80年代にかけて、DISCOは存在した。
DISCOでは、ライブハウスと違って、誰もがヒーローだったような気がしてならないな。

BYナリハラ
2009年05月28日
本気
2009年05月28日
華麗なるアウトロー達よ ~太陽を盗んだ男~

日本映画の隠れた名作と言っていい「太陽を盗んだ男」を、ご紹介します。
1979年頃の作品。
主演、沢田研二(ジュリー)、菅原文太。
主演の沢田研二が演じる、高校の理科教師は、まぎれもないアウトローであり、イカれた感性を持ち、暗闇で微笑み、いつも「けだるさ」だ漂っている・・・ような奴。
もちろん、教師という仕事は、とりあえずはこなし、暴言、暴力などは、まったくない。
しかし、意識、思考、頭脳、は、イカれっちまってる。
「理系大学卒業レベルならば、原子爆弾が作れる」という、ポリシーのもと、たった一人で原子爆弾を作ってしまった。
この、原爆を作る過程が非常におもしろい。
大きな紙に、作業工程を書き、工程終了とともに、抹消してゆく。
まあ、もちろん、映画の中の話ではあるけれど、警官の拳銃を奪い、警戒厳重な施設から『プルトニュウム』を、強奪する。
町の、金物屋で、部品を買い、部屋の中に、原爆製造施設を作り上げる。

そして、日本政府を相手に脅迫を始める。
「言うことを聞かなければ、東京のど真ん中で、爆発させたっていいんだぜ・・」と。
その、脅迫内容が、すごくおもしろい!
「今放送している、TV中継の野球放送を、最後まで見せろ」・・・当時、9時には、試合途中でも野球放送は終了していた。
「ローリングストーンズの武道館ライブを一ヶ月以内に実現しろ」
・・・当時、まだ、ストーンズは、来日していなく、ドラックの関係で、不可能とさえ言われていた。
こんな、脅迫内容に、政府や警視庁の、偉い方々が、右往左往・・。
すごくファンタジーであり、映画見てるほうも、『犯人寄り』になってしまう。
「俺だったら、何を要求しようかな?・・」なんて、考えてしまうね。
「俺の要求を、日本政府が聞くならば、何を要求しようかな?」みたいなね。

犯人を、追い詰める刑事に、菅原文太。
彼も、男っすよ!
しかし、どうしても、心は、犯人寄りになってしまう。
音楽は、すべて、井上たかゆき(知ってる?)。
テーマからして、ピアノの1フレーズでシンプルなんだけど、クールにまとめられています。
もし、機会があったら、現実逃避してみてはいかがでしょうか?
レンタルは、たぶんありますよ。
この頃って、角川映画なんかもすごく元気で、例えば「戦国自衛隊」もそうだけど、絶対ありえない話を、無理矢理映像化している感じであり、それがすごくおもしろかった。
この太陽を盗んだ男という映画、テーマがテーマだけに、日本という国の理念とか風紀にそぐわず、「封印」もしくは「抹消」された感がある。
しかし、『娯楽』としてとらえた場合、大変すばらしくおもしろい物語であったと俺は思うけどな。
思い出話なんですが、この映画は、高山安川通りにあった映画館「京極大映」で、見たんだけど、高校ん時のバンドメンバーで、夜見に行ったのね。
そしたら客が俺たち3人だったんで、映画が始まる前、ステージに上がって「ロッドスチュアートのマネ・・」とか、言って、誰もいない客席に向かって、「カモ~ン」とか、叫んでましたよ。
よく叱られなかったな?
いい時代だったのかな?
BYナリハラ
2009年05月26日
coffee please

「coffeeを、好きな奥さんは、SEXが好きだから、高い確率でSEXが出来る・・」などと、言っていたダチがいるけど、ほんとかよ?おい・・・。
「coffeeが、好きってことは、昼間、一人でも飲むだろ?つまりは時間がある。欲を言えば、誰かと、一緒にcoffeeを飲みたい。しかし、旦那さんは仕事。だから、こう誘うんだよ。ねえ、こんどcoffeeでも飲みませんか?ってな・・・」
・・・・なるほど・・・・そうか・・・こいつ、あほや!・・・。
まあ、上記の話は、馬鹿げた話だけど、みんなcoffee好きでしょ?俺も、好きです。
毎日、缶coffeeも入れると・・・・5杯は飲むかな。
朝と午後、仕事のやりながら、自分で入れ、喫茶店で飲み、車のお供に缶coffee、夜もバンド練習の途中で・・・・。
よく飲むよな。
うまいの?
やっぱ、うまいんだろうな。
ってか、うまいと感じる瞬間と、まずいと感じる瞬間がある。
これは、ビールにも言えることだけど、うまいとまずい、両方感じる。
基本的には、すきっ腹のブラックコーヒーはGOOD。胃には悪いだろうけど、GOOD.
空腹感も、なくなるような気がする。
なぜだろうか?

その昔、1970年頃。
気の利いた親戚のおばちゃんが、インスタントコーヒー『ネスカフェ』と、クリープを我が家にくれた。
それまでの我が家は、coffeeという文化はなく、『お茶』『麦茶』もしくは『水』だった。
それが、『ネスカフェ』が来たもんだから、さあたいへん。
土曜の夜になると、「coffee飲むぞ」ってなり、母親が、よくわかってないとは思うけど、適当に作って、みんなで飲んだ。
俺は、子供だったため、砂糖を4杯くらい入れて、甘くして甘くして飲む。
これがまた、うまいんだ。
砂糖なんて、角砂糖でさえなかったから、台所で使う「普通の砂糖」だったよ。
そしてその後は、「眠れない・・・」
カフェインのせいか?
子供だからか?
眠れない・・・・夜。
と、そんな思い出があります。
暖かいのが美味しいなと思えるのは、秋でしょう。
夏の「アイスcoffee」はごちそうです。
たいして、銘柄とか豆の種類?とかにも、こだわりはないけど、coffeeいいすね。
類似品でいうと、『コーヒー牛乳』・・・銭湯あがりにこの1杯。
腰に手を当てて飲むのがお決まりのポーズ。
やっぱ、ビンじゃなくちゃね。
Hな方向でいくならば・・・二人で飲む、朝焼けのモーニングcoffeeっでとこか。
シチュエーションとしては、二人で、毛布に包まって、薄暗くなった窓なんかを見つめながらね・・。
いいっすね・・・青春やね・・・。
飲み終わりで、もう一試合とか?
キスの味に、coffeeがまざったりね・・・。
いいっすね・・・・青春やな・・・・。
まあ、いいや。
とにかく、テーマはcoffee。
これについて、まとめてみました。
二人の距離が、射程距離に入ったと思わせる飲み物・・・coffee。
この距離が、さらに近くなれば、「お酒」になる。
程よい距離感を保つ飲み物coffee。
Coffee文化に幸あれ!
BYナリハラ
2009年05月23日
バンド営業・・・ごちそうさます・・・。

やらしい話・・・やな・・・。
たまに、ありませんか?みなさん?
ようするに、バンド営業。
ギャラ有り・・・ての。
例えば、とある企業のパーティーがあるので、30分ほどバンドやってくれませんか?
ギャラは、一人○万円です・・・みたいな。
「マジっすか?お金なんていいのに・・・(なんて心にもないことを)・・・しかし、俺はいらないんですけど、メンバーが貧乏な奴ばっかで、すいません、いいんですか?ごちそうさまです・・・・いや、俺はいらないんですけどね・・・」みたいな、交渉成立。
こんな、バンド営業が、年1回くらい舞い込むわけですよ。
ちなみに、6月に『ビートルーズ』に、とあるお医者様関係からオファ頂きまして、バンド営業やりまっせ。
飲食付ですか?
マジっすか?
さすが、メディカル!
今までも、いろんなバンドで営業をやった。
思い出に残るいくつかを、ご参考のために紹介します。
とある飲み屋のパーティーにて・・・
1989年ごろだったかな?
当時組んでいたバンドで、やったんだけど、お客さんが『ガラの悪い』奴も多かった。
MCで「なんか、今夜はヤンキーばっかですね・・」などと、発言したため、そのパーティー終わって、朝日町歩いてたら、そのヤンキー諸君に囲まれ「なんや、おめ~、さっきの言い方は・・」と、言われ殴られましたよ。
苦い思い出です。
本町夏祭りの路上・・・
8月1日の歩行者天国は、気持ちよかったし、おいしかった。
俺たちがいつも出てたのは、2丁目の路上。
2丁目の商店街の皆さん、ご馳走様でした。
経費に余裕ができましたら、いつでもお声をかけてくださいませ。
奥穂高スキー場、スキーギャルコンテスト1988の営業・・・。
その、タイトルに「やるやる・・」と、二つ返事はしたものの、見事に裏にはまった営業。
スキー場での、バンドは無理・・・。
野菜出荷業界のパーティー・・・
2006年、ひだホテル。
まいちゃったよ、だって、いざやりだしたら、参加者から「やめてくれ」って言われてさ、「うるさいから、会話ができない」だってさ。
でも、主催者からは、「やってください」だろ。
MCの人も、無理やり盛り上げようとしてるんだけど、それがまた「ダサい」んだ。
ほんと、まいちゃったよ・・・。
パスカル清見、真冬の野外・・・。
1998年頃?かな。
よく覚えてないけど、マイナス10度だったよ。
ギターとか、握ると、指が痛いんだよ、マジで・・・。
人は多少はいたかな。
MCもやけっぱちで「え~、清見と言えば、わしみりゅうじ君ですが、彼は無類の巨乳好きで・・・」とか言ったら、受けてたよ。
やっぱ、小さい町だと、みんな知り合いなのかな?と思ったりね・・・。
まだまだ、わけのわかんない、営業ステージはたくさんあるけど、まあ、このへんで・・・・。
いや~、俺は、お金なんて、いらないんですけどね、なんせメンバーが、それじゃ納得しないんで・・・・すいませんね~・・・・いいんですか、こんなに・・・・メンバーも喜びます・・・・ほんと、貧乏な奴ばかりで・・・。
こおゆう、交渉をしながら、営業を取るのが、俺の手です・・・・。
BYナリハラ





